← 戻る ラ・ジェント・ステイ函館駅前

暗闇の中、プロジェクターだけが静かに鳴っていた

暗闇の中、プロジェクターだけが静かに鳴っていた

なぜ、家族の旅にこの場所を選んだのか?

5月の函館を包む空気は、しっとりと湿り気を帯びながらも、鼻腔を通り抜けるときは凛としたひんやりとした感触を残していた。JR函館駅の中央口を出て左手に目を向けると、大きなシンボルツリーが春の光を浴びて空へと手を伸ばしている。その木の下を通り抜けるとき、子供たちの足取りがふわりと軽くなったのがわかった。駅からホテルまで、わずか徒歩1分。この「1分」という物理的な距離が、旅に付き添う親の精神的な余裕をどれほど救ってくれることか。重いスーツケースのキャスターがアスファルトを叩く乾いたリズムと、先を急ぐ子供たちの弾むような笑い声。その二つの音が心地よく重なり合いながら、私たちは「ラ・ジェント・ステイ函館駅前 / La'gent Stay Hakodate Ekimae」に辿り着いた。

家族旅行には、いつも独特の「タイムラグ」がつきまとう。子供が「あそこに行きたい」と衝動的に叫んでから、大人がそれを現実的なスケジュールに組み込むまでの空白の時間。あるいは、計画通りにいかずに誰かが不機嫌になり、そこから全員が笑い出すまでの気まずい間。そんな不完全な空白の時間こそが、旅の正体なのかもしれない。このホテルに足を踏み入れた瞬間、和の情緒と洋風建築が絶妙に混ざり合った不思議な空間が、そのラグを心地よく包み込んでくれる気がした。完璧に整えられた贅沢さではなく、どこか懐かしい、古き良き日本の記憶を呼び覚ますような温もり。そこに身を置くだけで、日常で張り詰めていた肩の力がふっと抜け、呼吸が深く、ゆっくりと降りていく。ただそこにいていい、という絶対的な肯定感。それは、誰かを気遣い続ける役割から解放されて、一人の「個人」に戻れる、贅沢な休息の始まりだった。

子供たちの心を最も捉えたのは、どんな瞬間だったか?

「プレミアムファミリー・シアタールーム<銀花>」の重厚なドアを開けた瞬間、子供たちは弾かれたように部屋へと飛び込んでいった。40平方メートルという空間は、大人にとっては十分な広さだが、好奇心旺盛な子供たちにとっては、未知の宝が眠る探検地のようなものらしい。特に彼らを虜にしたのは、壁一面に鮮やかに映し出されるプロジェクターの光だった。部屋の明かりをすべて落とし、深い暗闇の中に浮かび上がる巨大な映像。その光の粒子が、空気中のわずかな埃と一緒にゆっくりと舞っているのが見え、まるで星屑の中にいるような錯覚に陥る。パジャマ姿でふかふかのベッドに潜り込み、お気に入りの映画を観る。その時間は、外の世界の喧騒が完全に遮断された、私たち家族だけの小さな、そして最高に贅沢な映画館になった。

ここで、少しだけ可笑しな出来事があった。プロジェクターの設定に手間取り、リモコンをあちこちに操作していたとき、不意に映像が私の額の上にぴったりと投影されたのだ。青白い光で照らされた私の滑稽な顔を見て、上の子が「パパ、おでこにテレビがついた!」と、お腹を抱えて大爆笑した。普段は頼れる父親でありたいと願っているが、そんな情けない姿を見せて笑われるのも、案外悪くない。むしろ、その屈託のない笑い声が部屋の隅々まで響き渡ったとき、この部屋を選んで本当によかったと心から感じた。足裏に心地よく沈み込む厚手のカーペットの質感、隣で子供たちがクスクスと笑い合う密やかな音。その音のテクスチャーこそが、どんな豪華なBGMよりも贅沢に感じられた。映像が切り替わるたびに、部屋の色は深い青い海から、鮮やかな緑の森、そして黄金色の夕焼けへと塗り替えられていく。部屋の中にいながら、私たちは何度も場所を移動していた。それは、現実の移動よりもずっと自由で、心を満たす心地よい旅だった。

旅路の果てに、心に深く刻まれたものは何か?

最終日の朝、レストラン「プレガロ」で味わった地元の食材をふんだんに使った料理の余韻が、まだ舌の上に心地よく残っている。函館ならではの洋食文化が色濃く反映された朝食は、彩り豊かで、見ているだけで心が満たされる。特に、地元産の新鮮な魚介類を丁寧に調理した一皿は、口に入れた瞬間に潮の香りがふわりと広がり、眠っていた身体がゆっくりと目覚めていくのがわかった。温かいコーヒーの湯気が眼鏡を白く曇らせ、それを指で拭き取るまでの数秒間、窓の外に広がる5月の鮮やかな新緑をぼんやりと眺めていた。その静寂に満ちた時間が、旅の締めくくりにふさわしいと感じた。

そして、何よりも忘れられないのが大浴場の天然温泉だ。5月の少し冷えた外気から戻り、熱めの湯に身を浸したとき、皮膚の表面からじわじわと緊張が溶け出していくのがわかった。お湯の温度がちょうどよく、凝り固まった筋肉がゆっくりと弛緩し、心まで解きほぐされていく。子供たちと一緒に、誰が一番長く潜っていられるかを競い合った、なんてことのない時間。でも、そんな些細なやり取りの中にこそ、家族としての本当の繋がりがある気がする。和と洋が心地よく共存するこの場所で、私たちは家族というチームのあり方を、もう一度静かに確認できたのかもしれない。答えを急がず、ただ一緒に時間を共有すること。そのシンプルでかけがえのない大切さを、函館の街とこのホテルが教えてくれた気がする。

子供たちの穏やかな寝息だけが聞こえる静かな部屋で、私は心地よい疲労感に身を任せていた。

  • 函館駅からの短い道のりをあえてゆっくり歩き、シンボルツリーの葉が擦れる囁きに耳を澄ませてほしい。
  • シアタールームでは照明をすべて消し、プロジェクターの淡い光に照らされた家族の表情をじっくりと眺めてほしい。