← 戻る ラビスタ函館ベイ

ポケットの中の小さな手の温度

凍てつく街に、家族で温もりを求めたのはなぜか

鼻の奥を鋭く刺すような、冬の冷気。JR函館駅からホテルまで歩くわずか15分間、私たちは家族というよりも、寒さに耐え忍ぶ小さな生存集団のようだった。上の子は「赤レンガ倉庫まで歩けるよ」と強がっていたけれど、歩幅は次第に狭くなり、肩をすくめて小さくなっていた。下の子は途中で抱っこをせがみ始め、私の肩に顔を埋めて、震える吐息を小さく漏らしている。足元では霜がカリカリと乾いた音を立て、遠くに見える海の色は、深い青というよりは、すべてを凍りつかせた静寂に近い色をしていた。「本当に大丈夫かな」という不安がよぎったそのとき、ラビスタ函館ベイの重厚な扉を開けた。瞬間、濃厚な温もりが肺いっぱいに流れ込み、凍えていた身体がじわりと解けていく。その劇的な温度の差に、ふっと肩の力が抜けた。ロビーに漂う古い木材の芳香と、琥珀色の柔らかな照明。大正ロマンの薫り漂う空間は、まるで誰かの記憶の中にある、大切に守られてきた古い屋敷に迷い込んだかのようだ。厚いカーペットが子供たちの足音を優しく飲み込み、静寂の中に安心感が満ちていく。この圧倒的な「包容力」こそが、家族をここに連れてきた本当の理由だったのかもしれない。

子供たちの瞳に映った、一番の宝物とは何だったか

屋上の露天風呂に上がったとき、下の子が「見て!空の星が地面に落ちてる!」と歓声を上げた。彼が見ていたのは、函館の街に宝石を散りばめたように広がる夜景だった。大人にとっての「百万ドルの夜景」は、子供にとっては、ただ不思議な光の粒が集まった魔法の絨毯のように見えたのだろう。頬を打つ冬の冷たい風と、その直後に身体を芯から解きほぐす熱い湯。皮膚がじわじわと熱を帯びていくまでの、あの数秒間の心地よいタイムラグ。その空白の時間に、私たちは言葉を交わさずとも、同じ温度を共有していた。お湯の中で、下の子が自分の足の指をじっと見つめて「お魚みたいだね」と笑った瞬間、旅の緊張で張り詰めていた空気がふわりと緩んだ。

翌朝の朝食ビュッフェは、色鮮やかな海鮮が踊る賑やかな戦場だった。目の前に並ぶ新鮮なネタの輝きに、子供たちの目がらんらんと輝く。上の子は、どのネタをどのお米の上に載せるか、真剣な表情でパズルを解くように自分だけの究極の丼を組み立てていた。下の子は、自分の口よりも大きな一切れのサーモンを頬張り、リスのように頬をパンパンに膨らませて満足げに笑っている。その姿は、本当に小さな魚が何かを飲み込んだ瞬間のようで、思わず笑みがこぼれた。豪華な食事というよりも、家族全員が「美味しい」という同じ周波数で共鳴し合っている時間が、何よりも贅沢に感じられた。皿が触れ合う軽やかな音、子供たちの無邪気な笑い声、そして時折混じる大人の深い溜息。それらが混ざり合って、一つの心地よい音楽のように響いていた。

旅路の果てに、心に深く刻まれるものは何か

チェックアウトの準備をしながら、散らかったゲストルームを眺めていた。脱ぎ捨てられた靴下、半分だけ使われたアメニティ、そして子供たちが夢中で遊んだ小さなおもちゃ。完璧な旅ではなかった。予定は何度も狂い、誰かが泣き、誰かが不機嫌になり、大人はそれに振り回された。けれど、ふと気づくと、そんな「不自由さ」こそが、この旅の輪郭を鮮明に作っていたことに気づく。もしすべてがスムーズにいっていたら、私たちはあんなに強く抱き合って寒さをしのいだり、湯船の中でくだらないことで笑い合ったりしなかっただろう。不器用なやり取りの中で、家族の絆という名の見えない糸が、より強く結ばれた気がした。

ラビスタ函館ベイを出て、再び函館の冷たい風にさらされたとき、不思議と心の中には小さな灯火が灯っているような感覚があった。それは、誰かが隣にいてくれるという、ごく当たり前で、けれどかけがえのない温度だった。旅の記憶とは、美しい景色よりも、むしろそういう「不便で、賑やかで、少しだけ疲れる瞬間」に宿るものなのだろう。私たちはまた、この寒さと温もりのサイクルに戻ってきたいと思うだろう。それが、家族という名の、不器用で温かいチームのあり方なのだと思う。

凍てつく風の中で、繋いだ手の熱だけが唯一の正解だった。

  • 12月の函館は想像以上に冷えるので、子供には重ね着を。ホテルに着いた瞬間の「あぁ、暖かい」という感覚を最大限に味わうために。
  • 朝食ビュッフェの海鮮丼は、子供と一緒に「最高の一杯」を競い合うのがおすすめ。正解はないけれど、その時間が一番盛り上がる。