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靴の底に、小さな緑がついていた

靴の底に、小さな緑がついていた

都会の喧騒のすぐ隣に、家族が深く呼吸できる場所があるのはなぜか

5月の札幌は、まだ空気が鋭い。駅の北口を出た瞬間、頬を撫でる風に冬の名残が混ざっていて、思わず肩をすくめる。石畳を転がるスーツケースの不規則なリズムが、ガタガタと耳に届くたび、心地よいはずの旅にどこか戦場のような緊張感が混じる。「お願い、ここで駄々をこねないで」という心の中の祈りと、子供たちの「疲れた」という小さな嘆き。家族での移動は、常に誰かの機嫌を伺う繊細なバランスの上に成り立っている。けれど、京急 EXホテル 札幌へ向かう道は驚くほど短い。歩いてわずか一分。その短さは単なる利便性というより、張り詰めていた気持ちがふっと緩むための「空白」の時間だ。ロビーに足を踏み入れると、外の騒がしさが遠ざかり、高い天井から降り注ぐ柔らかな光が、私たちを優しく包み込んでくれた。そこにあるのは、誰に急かされることもない、心地よい静寂。都会の嵐から逃れて、家族がそれぞれに自分を取り戻すための、静かな凪のような避難所がここにはあった。

子供たちが一番に心を奪われたのは、大人が気づかない意外な景色だった

大人が立地の良さや設備の機能性に安堵している間、子供たちの視線はもっと低く、もっと具体的な好奇心に向けられていた。ラウンジで低く唸るコーヒーマシンの作動音や、ギャラリーに飾られた色彩豊かな作品に、彼らは目を輝かせる。一番の盛り上がりは、部屋に入った瞬間だった。フォースルームの、眩しいほどに真っ白なベッドを見た途端、上の子が「ここ、雲みたい!」と叫んで飛び込んだ。シーツが大きく波打ち、子供たちがその上で転げ回る。その光景を見ながら、私はふと思った。大人は「効率的な部屋」を探すが、子供は「冒険できる広さ」を探しているのだと。コネクティングルームという選択肢があることで、親としての緊張感も少しだけ解ける。隣の部屋から聞こえてくる笑い声が、心地よいBGMのように響く贅沢。あるとき、下の子がセルフチェックイン機の画面を真剣な顔で操作しようとして、全然違うボタンを押し、不思議な警告音が鳴った。一瞬だけ静まり返った後、家族全員で小さく吹き出した。そんな、予定にない小さな失敗が、旅の記憶を鮮やかに塗り替えていく。清潔なリネンの香りと、窓から差し込む5月の淡い光。贅沢とは高級な調度品に囲まれることではなく、こうして家族が遠慮なく、ただ「そこにいること」を楽しめる心の余白があることなのだろう。

チェックアウトの後、記憶の底に静かに沈殿しているものは何か

旅の終わりは、いつも少しだけ寂しい。けれど、ここでの滞在を振り返ると、心に残っているのは観光地の写真ではなく、深夜にふと目が覚めたとき、裸足で踏んだタイルのひんやりとした温度や、朝一番に鼻を抜けたコーヒーの香ばしい匂いといった、断片的な感覚だ。大通公園まで歩いて5分。道端に咲き始めたバラの濃い赤や、藤の花の淡い紫が、5月の青空に鮮やかに溶け込んでいた。その景色を家族で眺めながら歩いた時間は、何物にも代えがたい。私たちは、何かに正解を求めるように旅をしがちだ。けれど、実際には、予定が狂ったことや、子供が途中で駄々をこねたこと、そしてそれを笑い飛ばせたこと。そういう「不完全な瞬間」こそが、後になって一番愛おしく思い出される。京急 EXホテル 札幌という場所は、そんな不完全な私たちを、そのままの形で受け入れてくれる包容力を持っていた。チェックアウトして再び駅の喧騒に戻る直前、子供の靴の底に小さな緑の葉っぱがついているのに気づいた。それを指でそっと取り除いたとき、この旅の本当の収穫は、目的地に辿り着くことではなく、道端にある小さなことに気づける心の余裕を取り戻したことだったのだと感じた。

窓の外に揺れる新緑を眺めながら、もう一度だけ、深く呼吸をする。

  • 札幌駅北口から徒歩1分という好立地を活かし、あえて計画を立てず、その日の気分で大通公園まで散歩することをお勧めします。
  • フォースルームやコネクティングルームを選び、家族それぞれの「心地よい距離感」を贅沢に味わってみてください。