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浴衣の裾が揺れて、ロビーの冷気が肌をなでた

浴衣の裾が揺れて、ロビーの冷気が肌をなでた

都会の静寂に溶ける、二つの夜の記憶

指先に触れたカードキーの、ひやりとした硬質な感触。それが、長い一日の終わりを告げる合図だった。私たちは「絶対に迷う」と賭けていたけれど、結果的にJR札幌駅の北口から歩いてわずか1分という距離は、拍子抜けするほど近かった。コンビニの看板を通り過ぎ、不意に視界が開けた場所に京急 EXホテル 札幌は静かに佇んでいた。ロビーに足を踏み入れた瞬間、外の湿度を含んだ熱気が、心地よい冷気に塗り替えられる。効率的にチェックインを済ませ、エレベーターのボタンを押す。その一連の流れがあまりにスムーズで、まるで誰かが私たちの疲れを先読みして設計したルートを歩いているような心地がした。スーペリアツインAの部屋に入り、ベッドに体を投げ出したとき、パリッとしたリネンの感触が、張り詰めていた意識をふっと緩めてくれた。

浴衣から漂う、お香と誰かの汗が混じったような、あの夏祭り特有の匂い。盆踊りの太鼓の音がまだ耳の奥で低く鳴っている。ロビーに足を踏み入れたとき、そこはまるで都市の喧騒を濾過するフィルターのような空間だった。高い天井と、開放的なラウンジ。そこに流れる静寂には、ある種の心地よい重さがある。「ここに来れば、もう大丈夫だ」と心の中で呟いた。私たちはわざとゆっくり歩いた。ギャラリーのような空間に飾られたアートを眺めながら、誰が一番変な踊りをしていたか、低い声で笑い合う。外の世界では「観光客」という仮面を被っていた私たちが、ここに来た瞬間に、ただの「疲れた友人同士」に戻れる。その境界線が、このホテルの入り口にあると感じた。冷たい水で顔を洗ったとき、鏡の中の自分たちが少しだけ誇らしげに見えたのは、きっと街の灯りが目に焼き付いていたからだろう。

湯気とまどろみの、二つの朝食風景

地下にあるカフェ。目の前に置かれた炊き立てのご飯から、真っ白な湯気が立ち上がって視界をぼやけさせる。まずは、その一粒一粒が真珠のように立っている様子を観察した。口に運ぶと、お米の甘みがじわりと広がり、それに合わせる塩鮭の絶妙な塩気が、まだ半分眠っている脳をゆっくりと呼び覚ましていく。コーヒーの深い苦味が後から追いかけてきて、胃のあたりがじんわりと温かくなる。機能的な空間だからこそ、味覚という原始的な感覚が研ぎ澄まされる。「美味しいね」という短い言葉さえ、贅沢な調べに聞こえた。誰が何を食べるかではなく、その味がどう細胞に染み込んでいくか。そんな個人的な対話を楽しむ時間が、ここにはあった。最後の一口を飲み干したとき、ようやく「今日という日」が始まる準備が整った気がした。

エレベーターが「チン」と鳴る音。それが、私たちの朝のBGMだった。地下へ降りると、そこにはまだ半分夢の中にいる友人たちが、ぼーっとした顔で座っていた。誰一人として、完璧な正装で朝食を食べている人はいない。寝癖がついたままの頭、少しだけずれたパジャマの襟元。そんな、飾らない姿が一番心地いい。会話は少なかったけれど、時折誰かが「昨日の花火、すごかったね」と呟き、それに小さく頷き合う。その空気感こそが、最高の調味料だったのかもしれない。プレートの上に並んだ色とりどりの食材よりも、隣で誰かがコーヒーを啜る音や、遠くで聞こえるスタッフの足音が、心地よいリズムとなって空間を満たしていた。ここは、旅の計画を練る場所ではなく、ただ一緒に「目覚める」ための場所だった。

迷宮の街で、唯一合意した聖域

結局、この旅で私たちが一番同意したのは、この場所が「最高のセーフティネット」だったということだ。大通公園まで歩いて5分、時計台もすぐそこ。でも、それ以上に価値があったのは、「いつでも1分で戻ってきて、完全に脱力できる場所が駅のすぐ隣にある」という絶対的な安心感だった。計画通りにいかないのが旅の醍醐味だなんて、誰が言い出したのか。実際には、道に迷い、時間を間違え、予定していた店が閉まっている。けれど、そんな小さな失敗さえも、戻るべき港が明確であることで、笑い話に変えることができた。コネクティングルームのドアを隔てて、隣の部屋から聞こえてくる友人の笑い声。その絶妙な距離感が、私たちの絆をより深めてくれた。

チェックアウトの日、駅へと向かう足取りは軽く、スーツケースのキャスターがアスファルトを叩くリズムだけが響いていた。

  • 札幌駅北口から1分。あえて地図を見ずに、直感だけでホテルを探して戻る遊びをしてみてほしい。
  • ロビーのラウンジで、あえて何もしない時間を15分だけ作ること。それが一番の贅沢になる。