← 戻る 伊香保温泉 ホテル天坊

傘の裏の世界

傘の裏の世界

渋川駅で降りた時、雨はもう降っていた

降りた瞬間、靴の底がコンクリートの冷たさを吸い込んだ。駅前の看板に「伊香保温泉 ホテル天坊」と書かれていたが、そこまではまだ25分歩く。カバンの底が靴紐に絡みつくほどの雨で、紫陽花の香りがビニールの匂いと混ざって鼻に残った。

「傘、買う?」
「いや、このままで行こう。雨の方が空気が違うから。」

降り出した時、友人はそう言った。雨粒が傘の裏で踊る様子を、横目で見た。


足湯のお湯が足首まで浸かった時

伊香保温泉 ホテル天坊の足湯は、靴を履いたまま入れる。

「これ、靴でいいの?」
「板の間だから滑らないよ。それより、お湯の温度、わかる?」

右足を浸けて、左足で水を掻き分けるように動かす。

「温泉の熱が、足首からふくらはぎまで這い上がってくる感じがする。まるで時間が逆流してるみたい。」

足の裏がじんわりと重くなり、体中の疲れがお湯に流されていく。


紫陽花ロードで足を止めた時

伊香保のメインストリートは、この時期、紫陽花のトンネルだった。

「うわ、この花びら、触ったら水が出そうだよ。」
「触ってみなよ。それだけ水分を含んでるってことだから。」

友人は花びらを指で摘み、軽く握った。透明な汁が滲み出た。

「これ、全部同じ色なのに、光の当たり方で青にも紫にも見える。不思議だね。」

紫陽花の青と紫のグラデーションが、街灯の黄色い光でぼやけ始めた。


ホタルが飛び始めた時

街灯のない公園に行った。

「ホタルって、光るタイミングが揃ってるって聞くけど、本当に?」
「信じる?信じない?」

そう言うと、友人は手のひらを開いて光を消した。

暗闇の中で、小さな光が点滅し始めた。

「ほら、見て。光ってる間に手を動かすと、光が線になるんだ。」

手を振ると、光の軌跡が空中に残った。時間が止まったような、流れたような感覚。


朝食のバイキングで食べ過ぎた時

伊香保温泉 ホテル天坊の最上階、天の川ビュッフェ。

「これ、全部食べる気?」
「いや、でも食べないと損な気がする。

棚には上州の旬の味覚が並んでいた。

「この山菜おひたし、醤油の味が染み込んでて美味しい。
「それに、ご飯が炊きたてで、お湯が沸かしてあるのがわかる。

「これ、一番下の棚のおにぎり、中身が梅干しなんだけど、梅雨の時期だから余計に美味しい気がする。」


結局、全部食べた

「二人とも、同じメニューばかり選んでるね。」
「だって、全部美味しいから。

お腹がパンパンになって、テーブルが揺れるほど重くなった。


帰りの電車で、友人が言った

「この旅、結局何も計画してなかったけど、全部楽しかったね。」

窓の外はまだ雨が降っていた。

「うん。でも、雨のおかげで紫陽花が綺麗だったし、ホタルも見れた。

電車が渋川駅に到着するまで、二人とも何も言わなかった。


  • 渋川駅から伊香保温泉 ホテル天坊までの25分の道のり、靴の底が吸い込む雨の冷たさを確かめに行こう。
  • ホテルの足湯で、足首まで浸かるお湯の温度を体感しよう。