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濡れたサンダルが石段を叩く音

濡れたサンダルが石段を叩く音

湿度80パーセント。肌にまとわりつく重たい空気が、旅の始まりを告げていた。誰が一番に傘を忘れるかという、くだらない賭けに興じたけれど、結局は全員がコンビニの透明なビニール傘を差して歩く羽目になった。石段街の濡れた石が放つ、どこか懐かしくツンとした匂いが鼻腔をくすぐる。この不便さこそが、日常を脱ぎ捨てるための儀式だったのかもしれない。



夕食に並んだ地元の野菜。口に含んだ瞬間、じゅわっと土の香りを孕んだ濃い甘みが広がった。立ち上る白い湯気が眼鏡を真っ白に染め、隣に座る友人の顔がぼんやりとした白い塊に見える。その滑稽な光景に、「これ、本当に美味しいね」と笑い合った。味覚だけが鮮明に研ぎ澄まされる、贅沢な空白の時間。岸権旅館の静かなダイニングに、心地よい充足感が満ちていた。


「この黄金の湯に浸かれば、人生まで黄金色に変わるかもね」なんて誰かが言い出し、湯船の中で全員が大爆笑した。けれど現実は残酷で、お湯から上がった後は、ただの茹で上がったタコのように真っ赤な顔をしていただけ。それでも、あの絶妙なぬるま湯の温度が、心までほどいてくれる心地よさで、なかなか離れられなかった。


貸切風呂のしっとりとした空気の中で、「私たちは今、最高級の金塊に浸かっている」という設定で真剣に議論を戦わせた。誰が一番価値のある金塊かという、大人のすることとは思えない不毛な会話。けれど、そんな意味のない言葉のやり取りこそが、今の私たちにとって一番心地よい周波数だったのだと思う。


部屋の縁側で、ただ雨の音に耳を澄ませていた。トントンと規則的に屋根を叩く音。遠くで誰かが笑う声が、雨のカーテンに遮られて、心地よいノイズとして届く。静寂があるのではなく、音が幾層にも重なっている。その層に身を任せていると、自分という個体の境界線が、ゆっくりと雨に溶けていくような感覚に陥った。


裸足で踏みしめた畳の、ひんやりとした心地よい感触。展望和モダンな空間に置かれたBC工房の椅子に深く腰掛けたとき、身体がゆっくりと沈み込んでいく心地よい重みがあった。廊下の突き当たりまで歩くたび、板張りの床が鳴らす小さな悲鳴のような音。大正ロマンの香りが漂う岸権旅館の余白が、確かな質量を持ってそこに在った。


庭の隅で、小さく、けれど確かに光るホタル。コンタクトを忘れていた私の目には、それが故障したLEDライトの点滅のように見えた。けれど、隣で誰かが「綺麗だね」と小さく呟いたとき、それが命ある生き物なのだと気づいた。視界がぼやけていたおかげで、光だけが純粋に抽出されたような、不思議に澄んだ瞬間だった。


この旅の記憶は、上質な和紙に落とした墨のように、ゆっくりと、でも確実に心に広がっていく。どこまでが冗談で、どこからが本音だったのか。その境界線はもう、雨に洗われてぼやけてしまった。でも、それでいい。答えを出すことよりも、この曖昧な色のまま、大切に抱えていたいと思う。

濡れた石段の先に、まだ誰かの笑い声が残っている気がした。

  • 黄金の湯に浸かった後、そのまま石段街をぶらぶら歩くのが正解。
  • 地元の野菜料理は、ぜひ時間をかけてゆっくり味わってほしい。