雨上がりのアスファルトが鏡みたいに光っていて、君の靴の跡が消えないうちに写真を撮ろうとしたら、靴紐がほどけて転んだ。荷物の持ち方をめぐる口論が、駅を出て三分で始まった。
「重いって言っただろ」
「重くないってば」
「このリュック、肩が痛い」
「じゃあ自分で持てば?」
結局、リュックは分担して背負うことになった。君の荷物は小さなデイパックだけ。中身はきっとお菓子とタオルと替えの靴下。
伊香保温泉 横手館の朝食は、味噌汁の匂いが廊下まで届くくらい強烈だった。隣のテーブルで子どもが箸を落として、慌てて拾おうとした拍子に自分のコップを倒した。温かい液体がテーブルクロスに広がる瞬間、時が止まったように感じた。
「これ、飲んで」
君は自分のコップを差し出した。口をつけると、味噌汁のだしのコクが口の中に残った。
「うまい」
「でしょ?」
二人でこっそりおかわりした。
温泉街の路地は迷路みたいで、Googleマップが信じられなかった。
「まっすぐ行けって書いてあるから、まっすぐ行こう」
「でも看板が違う方向を向いてる」
「看板は気にするな」
結局、おばあちゃんに「若いの、迷子か?」と声をかけられた。
「ホタルが見たいんだけど、どこがいい?」
おばあちゃんは笑って、箱島ほたるの里を教えてくれた。
「暗くなってから行け。光が見えるぞ」
暗くなってから向かったら、ホタルが水面に揺れていた。
「これ、内緒な」
君はポケットからスマホを出して、ホタルの光を写真に撮ろうとした。
「あ、消えた」
「動かすな」
スマホの画面には、青い光の粒が幾つも映っていた。
伊香保温泉 横手館の浴室は、タイルが冷たくて気持ちよかった。湯船に浸かって、外の雨音を聞いていると、時間がゆっくりになった。
足の裏で感じるタイルのざらつきと、湯気で曇った鏡。
客室のカーペットは分厚くて、足音が吸い込まれるみたいだった。君が裸足で歩いて、
「これ、あったかい」
と言った。
僕は自分の足の裏を見た。
小野池あじさい公園で、忽然の雨に見舞われた。紫陽花の花びらが雨粒を受けて、水面に浮かんだ。
「雨宿りしよう」
ベンチの下で、君が持っていたおにぎりを分け合った。
帰りの電車の窓に、僕たちの顔が映った。
「今日、楽しかったな」
君がそう言って、窓ガラスに指で小さなハートを描いた。
あの日の時間だけが、少しだけ長く続いているように感じる。
- 箱島ほたるの里でホタルを見に行こう
- 小野池あじさい公園のベンチでおにぎりを分け合おう