記憶に刻まれた、今日という日の五つの音
1. 湯めぐり宿 笛吹川の傍らを流れる、笛吹川のせせらぎ。3月の空気は肌を刺すように鋭く、肺の奥まで冷たいけれど、水音だけは春を待つようにどこか柔らかい。銀色に光る川面を眺めながら、隣で肩をすくめて震えていた子供の手を握ると、指先からゆっくりと体温が混ざり合い、冬の終わりを告げる静かな合図のように心地よかった。
2. 「お湯、どうしてあったいの?」という次男の、少し鼻にかかった問いかけ。立ち上る白い湯気が彼の小さな顔を半分隠し、柔らかな光の中でまるでお伽話の登場人物のように見えた。源泉掛け流しの濃厚な湯の香りに包まれながら、「地球が深いところで頑張っているからかな」と返すと、彼は納得したように、ゆらゆらと揺れる湯面をじっと見つめていた。
3. 貸切風呂の重い扉を閉めた瞬間に訪れる、ふっと消える外の世界の音。ぬるま湯から熱い湯へと変わる温度のグラデーションに身を沈めたとき、夫が小さく漏らした「ああ、生き返る」という深い吐息が、しっとりと湿った空気の中に溶けていく。誰にも邪魔されないこの空間で、張り詰めていた心の結び目が、お湯の熱に溶かされてゆっくりとほどけていくのを感じた。
4. バシャッ、と静寂を切り裂く大きな水音。長女が自分の足の指を「見て、魚みたい!」と言って水面で激しく踊らせたときの、屈託のない高い笑い声。飛び散った水滴が宝石のように光り、頬に当たった一瞬の冷たさと、その後に追いかけてくる熱い心地よさが交互に訪れる。大人が計画した「静かな休息」は心地よく崩れ去ったけれど、この乱雑な音こそが、今の私たちに必要な家族の形だった。
5. 和室の畳の上を裸足で歩く、ぺたぺたという小さな足音。い草の香りが心地よく漂う廊下の隅に、誰が落としたのかわからない小さなプラスチックの車が転がっている。それを拾い上げたときの指先の冷たさと、その後に出された温かいお茶の香りが、湯めぐり宿 笛吹川で過ごした時間を、単なる旅行ではなく、体温のある生きた記憶に変えてくれる。
窓の外では、まだ硬い蕾の桜が、春の気配に小さく震えていた。
- 子供と一緒に貸切風呂に入るなら、お気に入りのおもちゃを一つだけ持っていくのが、平和な時間を過ごすコツです。
- 笛吹川沿いの散歩道は、3月の冷たい風が心地よく、温かい飲み物を手に目的地を決めず歩くのがおすすめです。