← 戻る 石和びゅーほてる

滝の音に、言い合いが消えていった

滝の音に、言い合いが消えていった

静寂の滝と、喧騒の笑い声

(Aの視点)
ロビーに足を踏み入れた瞬間、世界が白く塗りつぶされるような滝の音が耳を包み込んだ。傘をモチーフにしたシャンデリアから零れる光が、磨き上げられた床に静かに反射し、現実から切り離されたような心地よい静寂を演出している。ふと中庭に目を向ければ、錦鯉が時間を贅沢に使いながら、ゆったりと水面下を舞っていた。鱗が光を弾くたびに、心に積もっていた都市のノイズが一枚ずつ剥がれ落ちていく。古い建築特有の、湿り気を帯びた木の香りが肺の奥まで満たしていく。ここでは急ぐ必要などどこにもないのだと、肌が先に理解していた。

(Bの視点)
「見てよ、このシャンデリア!ちょっと盛りすぎじゃない?」なんて笑い合いながら、私たちは石和びゅーほてるのロビーに賑やかに転がり込んだ。正直、建物に年季が入っているのは分かっていたけれど、それが逆に「本物の旅館」という感じで最高に気分が上がる。フロントの方に案内されながら、誰が一番先に温泉に飛び込むかで本気で賭けをしたし、結局は全員で大騒ぎしてスタッフさんに苦笑いされていた。中庭の鯉にエサをあげようとした時、あまりの食いつきの良さにバランスを崩し、危うく自分も池の住人になるところだったけれど、それさえも最高の笑い話になった。

舌で綴る贅沢と、喉で味わう解放感

(Aの視点)
運ばれてきた甲州牛の陶板焼きから、じゅうじゅうと心地よい小音が上がっていた。箸で触れた瞬間、白い脂の層が体温に溶け出し、口の中で濃厚な甘みが花開く。それは単なる食事ではなく、山梨の土と風が凝縮された結晶のような味わいだった。釜めしの蓋を開けた時に立ち上る、秋の土壌を思わせる香ばしい湯気が鼻腔をくすぐる。一つ一つの料理が、丁寧に配置された音符のように、静かに、けれど確実に心を満たしていく。お造りの透明感や、茶碗蒸しの滑らかな温度が、胃のあたりからゆっくりと緊張を解いていくのが分かった。

(Bの視点)
とにかく、お腹が空きすぎていた。豪華な会席料理がテーブルいっぱいに並んだ瞬間、私たちは感嘆の声よりも先に箸を動かした。甲州牛の贅沢な脂が口いっぱいに広がって、「これ、本当に正解だったね」と顔を見合わせて笑い合った。でも、個人的なハイライトはお風呂上がりに飲んだあのビールだ。キンキンに冷えたグラスの結露が指先に心地よく伝わり、喉を突き抜ける刺激が、温泉でゆるみきった体に心地よい衝撃を与える。料理の品数が多すぎて、最後の方は「もう入らない」と嘆きながらも、デザートのケーキだけは別腹で完食した。

唯一、心から重なり合った場所

結局、旅の間ずっと「次はどこに行くか」で意見が分かれていたけれど、唯一、全員が口を揃えて認めたのは、あの掘りごたつを備えた広々和室の心地よさだった。い草の清々しい香りが漂う空間で、外では九月の夜風がススキを揺らし、どこか寂しげな音が聞こえていた。けれど部屋の中は、誰かの笑い声と畳の安心感に包まれていた。温泉で火照った肌に、冷房の乾いた風がちょうどよく当たり、そのまま意識が遠のいていく感覚。誰がどこで寝ていても構わないという絶対的な安心感の中で、私たちは互いの欠点を許し合える距離感に、ようやく辿り着いたのかもしれない。

窓の外では、秋の月が静かに、けれど確かに私たちを見守っていた。

  • 錦鯉のエサを買い、彼らの底なしの食欲に驚いてみるのがおすすめ。
  • 徒歩圏内のさくら温泉通りを、浴衣姿でぶらぶらと散歩してほしい。