視線の高さが1メートルだったときに見えた、巨大な迷宮
シャトルバスのドアが開いた瞬間、肺の奥まで届く冷たい空気に、鼻の奥がツンとした。4月の定山渓は、まだ冬の記憶を抱えている。けれど、地面からは湿った土の匂いがして、雪の下で何かがもぞもぞと動き出したような、そんな春の気配がした。グランドブリッセンホテル定山渓のロビーに足を踏み入れたとき、下の子が私の手を離して、そのまま駆け出した。「わあ、ここ、お城みたい!」という歓声が、高く開放的な天井に吸い込まれていく。大人の私には、ルネサンス様式のトラバーチンや尾形光琳の陶板が、静かに鑑賞すべき「芸術」に見えたけれど、彼にとってはただの「すごく大きな、不思議な絵」だったらしい。厚い絨毯に足が沈み込む、もこもことした心地よい感覚に、彼は何度もその場で跳ねていた。彼にとってこの場所は、静寂を尊ぶ美術館ではなく、どこまでも走り回れそうな、未知の迷路のような空間だったのかもしれない。大人の視点では気づかない、低い位置にある装飾の陰や、絨毯の色の変化に心を躍らせる彼を見て、私はふと、自分が忘れていた「世界への純粋な驚き」を思い出した。
55メートルのプロムナードで繰り広げられる、小さな大冒険
エンプレスガーデンの散策路を歩いていると、上の子が不意に立ち止まった。大人は、美しく整えられた楓や桜の並びを、一枚の完成された「景色」として眺めるけれど、子供の関心はもっと低いところにある。彼が見つけたのは、まだ開ききっていない小さな蕾と、その根元にへばりついていた名もなき小さな虫だった。「見て!ここに小さな怪獣が住んでるよ!」と、興奮気味に、けれど虫を驚かせないように囁く声。彼にとって、その数センチの空間こそが旅のメインイベントなのだろう。55メートルという距離は、大人には十分な散歩道だけれど、彼らにとっては未知のジャングルを探索する大冒険になる。ひんやりとした春風が頬を撫で、濡れた石の匂いが鼻をくすぐる。道端の石ころ一つに名前をつけ、落ちていた花びらを丁寧に集めて、それを「春の宝物」としてポケットに詰め込む。その小さな手のひらに収まった宝物を誇らしげに見せる表情に、胸が締め付けられる。完璧なスケジュールをこなそうとしていた私の計画は、彼らの尽きることのない好奇心によって、心地よく、そして鮮やかに崩されていった。不便さや予定外の出来事こそが、旅の輪郭をはっきりさせ、記憶に深い色を付ける。そう気づいたとき、私の肩の力がふっと抜け、ただ一緒に歩くことの贅沢さに浸っていた。
子供たちが眠りに落ちた後、私だけが潜り込む贅沢な静寂
夜、温泉展望風呂付 ラグジュアリールームに、ようやく静寂が戻ってきた。二人をベッドに寝かせ、深く、心地よい重みのあるシーツに包まれているのを確認する。規則正しい寝息が聞こえ始めると、私はようやく自分だけの時間へと潜り込む。部屋にある展望風呂に、ゆっくりとお湯を溜める。蛇口から出る水の音が、静まり返った部屋に心地よく響き、立ち上る白い湯気が視界を優しくぼかしていく。お湯の温度は、ちょうどいい。肌に触れた瞬間、一日中張り詰めていた神経が、春の雪が陽光に溶けるように、ゆっくりと融解していく感覚があった。窓の外には定山渓の深い渓谷が広がっているけれど、今はその濃い暗闇さえも、心地よい毛布のように私を包み込んでくれる。夕食で食べた自家製ローストビーフの、濃厚な肉汁と赤ワインソースの味が、まだ舌の端に残っていた。子供たちに食べさせながら、自分はほとんど味わえていなかったけれど、今こうして一人で思い出すと、その贅沢な味が鮮明に蘇る。バルミューダのスピーカーから流れる控えめな音楽が、空気の粒子を優しく揺らしていた。誰かの親である前に、ただの私に戻れる時間。この静寂は、孤独ではなく、明日また彼らの騒がしさを愛するための、必要な空白なのだと感じた。
窓の外で、夜風に揺れる桜の花びらが、深い闇に溶けていく。
- 子供と一緒に、ライブラリーにある大きな本を床に広げて、一緒に絵を眺める時間が意外と贅沢です。
- 露天風呂では、お湯の温度よりも「お湯から上がった後の空気の冷たさ」を一緒に楽しむのがおすすめです。