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湯気の向こうで、誰かが小さく笑った

湯気の向こうで、誰かが小さく笑った

2月の札幌は、空気が鋭い。肺の奥まで凍りつき、自分の輪郭さえも白く塗りつぶされていくような感覚。そんな極寒の中、厨翠山 / Kuriyasuizanの暖簾をくぐった瞬間、しっとりと温かい空気が肌を包み込んだ。洗練された家族旅行を計画したはずが、実際には浴衣の選び方で言い合い、大きな荷物を運ぶ時に足を踏みつけ合う。けれど、その騒がしさこそが、私たちという家族の正体なのだと、不思議と心地よく感じられた。

家族の記憶に刻まれた、五つの断片

炭焼き台から漂う、焦げた香ばしさ:シームレス キュイジーヌを体現するオープンキッチン。職人が素材と向き合う静謐な空気の中、炭がパチパチと弾ける音と、食欲をそそる香ばしい薫りが鼻腔をくすぐる。いつもは画面に没頭している長男が、ふと顔を上げ、「いい匂いがする」と呟いた。その一言で、家族の間にあったぎこちない沈黙が、春の雪のようにふわりと溶けていった。

素焼きの器の、ざらりとした指先の感覚:2階の「食のライブラリー」で、娘がそっと器に触れていた。翠山窯で焼かれたその器は、土の粒子がそのまま残っているような、素朴で温かみのある手触り。彼女が指先で縁をなぞりながら、古いレシピ本に没頭する横顔を眺める。静寂という贅沢が、親子の距離を静かに近づけてくれたことに気づいたのは、私だった。

障子を閉めた時の、外の世界が消える音:露天風呂付和風ベッドルームに入り、障子をスッと閉めた瞬間、冬の風の音が遮断され、空間の密度が濃くなった。木の香りがふわりと漂う部屋に、家族四人の呼吸だけが心地よく響く。父が「静かだな」と小さく漏らした声が、いつもより深く、優しく聞こえた。余白のある空間が、隣にいる人の存在を鮮明に教えてくれる繭のような安心感に包まれた。

鏡を白く染める、濃厚な湯気:展望風呂に浸かり、ふと鏡を見ると、真っ白な湯気で視界が遮られていた。母が指でそこを拭うと、ぼんやりとした笑顔が現れる。お湯の温度が心地よく、心まで緩んだせいか、普段は照れくさくて言えない「ありがとう」という言葉が、湯気のフィルターを通して自然と口をついた。温かな湯気が、心の壁を溶かしてくれた瞬間だった。

冬の根菜が持つ、土のような深い甘み:食の宿として名高い一皿。口に含んだ瞬間、冬の土の中でじっと耐えていた根菜の、凝縮された濃厚な甘みが舌の上で踊る。誰が先に箸を伸ばすかという競争もなく、ただ静かに、その一皿の滋味を堪能した。父が「本当に旨いな」と目を細めたとき、私たちはこの土地の季節と、家族の体温を同時に味わっていた。

窓の外では、しんしんと雪が降り積もり、世界を白く塗りつぶしていた。

  • 18時に一斉に始まる夕食の時間に合わせ、早めにラウンジで温かい飲み物を楽しみながら、家族で心を整えるのがおすすめ。
  • 2月の定山渓は想像以上に冷え込むため、厚手の靴下と歩きやすいスノーブーツを準備し、冬の静寂を散策してほしい。