5月の空気は、想像していたよりもずっと鋭かった。車を降りた瞬間、肺の奥まで冷たい針で刺されるような感覚。誰が日焼け止めを忘れたか賭けていたけれど、結果的に全員が忘れていた。笑いながら、火照った赤い肩を晒して歩く。アスファルトから立ち上がる陽炎のような熱と、山から降りてくる凛とした冷気が、肌の上で激しくぶつかり合っていた。
朝食のオムレツから、トリュフの濃密な香りがふわりと立ち上がる。白い湯気が眼鏡を曇らせ、目の前の友人の顔がぼやけた。忍野の豆腐は、舌の上で静かに、雪のように崩れる。冷たくて、ほんのりと甘い。銀色のスプーンが磁器の皿に当たる小さな音が、賑やかなレストランの中で心地よいリズムを刻んでいた。
「ここ、完全に90年代の映画セットじゃん」と誰かが呟いた。深い赤色の絨毯の厚みに足を取られて、ふらつく。それを「レトロな美学」と言い張る友人の横顔が、最高に滑稽で、愛おしかった。私たちは、あえてその古さに身を任せて、時計の針がゆっくり回る不自由な時間を楽しむことにした。
ホテルマウント富士の長い廊下で、わざと足音を揃えて歩くくだらない遊びを始めた。誰か一人がリズムを外すと、全員で静かに指を差して笑う。大人のふりをして、結局は子供のままでいい場所。壁に貼られた年季の入った案内板が、私たちのとりとめない会話を静かに見守っていた。
午前6時。スーペリアツインのカーテンを開けたとき、そこにはただ、深い青の静寂があった。山中湖の面が鏡のように凪いでいて、富士山がそこに深く、静かに沈み込んでいる。呼吸をするたびに、胸の中の澱みが洗われていく。世界に私たちしか残されていないような、心地よい錯覚に陥る。
ベッドから窓までの距離を、裸足でゆっくりと数える。ひんやりとしたタイルの感触が足裏から伝わり、意識がゆっくりと覚醒していく。窓ガラスに額を押し付けると、外の凍てつく冷気と室内の柔らかな温もりが、ちょうど境界線を作る。その狭い隙間に、今の自分たちがちょうど収まっている気がした。
温泉から上がった後、ふと見つけたバラの茂み。5月の風に揺れる花びらが、湿った肌に触れた気がした。温泉特有の硫黄の匂いと、濃厚なバラの香りが混ざり合って、不思議な心地よさが漂っている。浴衣の袖が春風に舞い、誰かが「綺麗だね」と小さく笑った。
結局、私たちは何も解決しなかったし、答えも見つからなかった。ただ、あの巨大な山の前では、抱えていた不安がとても小さく、軽いものに感じられた。それは、正解を見つけることよりもずっと贅沢な時間だったのかもしれない。車に乗り込むとき、誰かが私の肩を軽く叩いた。その手の温もりが、何よりも確かな答えだった。
富士山の裾野に、白い雲がひとつだけ、静かに止まっていた。
- 朝食のトリュフオムレツは、絶対的な正解。早起きして食べる価値があるよ。
- 温泉後のバラ園散歩。5月の風が、ちょうどいい温度で肌を撫でてくれるからおすすめ。