← 戻る ドーミーイン神戸元町

湯気の向こうで、君が小さく笑った

湯気の向こうで、君が小さく笑った

「ねえ、本当にここであってる?」

「ねえ、本当にここであってる?」
指先が白くなるほど冷たい冬の風が、コートの隙間から容赦なく入り込んでくる。君が私の袖を軽く引っ張りながら、不安そうに隣の朱色の門を見上げた。南京町の入り口、「海榮門」の鮮やかな赤が、冬の薄暗い空に鋭く刺さっている。
「たぶん。というか、この門の隣だから間違いないと思うよ」
私はそう答えたけれど、自分でも確信はなかった。ただ、この不確かな感覚のまま、君と一緒にこの街の迷路に迷い込んでみたいという、密かな期待だけが胸にあった。
「迷子になったらどうするの?」
君が少しだけいたずらっぽく笑う。その吐息が白い煙となって、冬の空気に溶けていった。
「その時は、また一緒に迷えばいいじゃないか」

境界線を越えて、温度が溶け合う時間

エレベーターが上昇する数秒間、私たちはどちらからともなく黙り込んだ。密閉された小さな箱の中で、外の喧騒が遠ざかっていく。それはまるで、深い水底へゆっくりと沈んでいくときの静寂に似ていた。14階に辿り着き、ドーミーイン神戸元町にある「浪漫湯」の扉を開けた瞬間、肺の奥まで満たされる熱い湿り気と、かすかな木の香りに、ふっと肩の力が抜けた。

露天風呂に身を委ねると、冷え切っていた皮膚が熱い湯に触れ、鋭い刺激のあとに心地よい痺れがやってくる。それは、張り詰めていた二人の間の表面張力が、ゆっくりと崩れていく感覚だった。水面がわずかに揺れるたびに、どこまでが自分でお互いの体温がどこから始まっているのか、境界線が曖昧になる。空へと開かれた吹き抜けから見える冬の夜空は、深く、澄んでいた。誰にも邪魔されないこの空間で、私たちは言葉を交わさずとも、同じリズムで呼吸をしていた。もしかすると、言葉にしないことでしか伝えられない温度があるのかもしれない。

湯上がり、デラックスツインの客室に戻ってから、私たちはどちらからともなく夜食の鶏がらそばを注文した。部屋に運ばれてきた器から立ち上る白い湯気が、私たちの間に心地よいカーテンを作る。出汁の香ばしい香りが部屋に広がり、冷えた体にじんわりと染み渡る。私は浴衣の帯をうまく結べず、もたついてしまった。それに気づいた君が、小さく笑いながら「貸して」と言って、不器用ながらも丁寧に結び直してくれた。その手の温もりが腰に触れたとき、胸の奥に小さな灯がともったような気がした。そんな、取るに足らない、けれど誰にも教えたくない瞬間こそが、旅の正体なのだろう。

ベッドに潜り込むと、パリッとしたリネンの冷たさと、その下に隠された厚い布団の重みが、私たちを優しく包み込んだ。外では神戸ルミナリエの光が街を彩っているはずだけれど、今の私たちにとって、一番大切な光はこの部屋の淡い間接照明だけだった。もしかすると、私たちはまだお互いのことを完全には理解していないのかもしれない。けれど、この心地よい不確かさこそが、今の私たちにはちょうどいい。流れる水が岩の形を変えるように、この場所で過ごす時間が、私たちの関係を少しずつ、柔らかく形作っていく。そんな予感がした。

夜の静寂に溶けていく、遠い街の灯りだけを静かに眺めていた。

  • 浪漫湯の露天風呂で、あえて何も話さずに冬の夜空を眺めてみて。
  • 深夜の鶏がらそばを、温かいうちに半分こして食べてほしいな。