← 戻る ホテルヴィラフォンテーヌ神戸三宮

白いシャツにパン屑をつけたまま笑っていたこと

5年後の私たちへ。あの時の神戸の風は、まだ覚えてる?きっと忘れてるだろうけど、この記録だけは残しておこうと思う。完璧に計画を立てて、全部にチェックを入れるような旅じゃなかったけど、だからこそ心地よかった気がするから。


5年後もふと思い出す、あの日の断片

石畳に響いた、巨大チェスの不器用な音
中庭で誰が一番先に駒を倒すか賭けてたよね。ずっしりと重い駒を、不器用な手つきで滑らせたときの、あの鈍い音がまだ耳に残っている。戦略なんてなくて、ただ駒の大きさに笑い転げていたあの時間は、きっと今の私たちよりもずっと単純で、心地よい重さを持っていたと思う。

ル・パンの塩パンが舌の上で弾けた瞬間
朝食ビュッフェで、誰が一番多くの種類を皿に盛れるか競い合ったこと、覚えてる?淡路産の塩が、焼きたてのパンの香ばしさと混ざり合って、口の中で小さく弾けたあの感覚。白いシャツにパン屑を散りばめたまま、「最高に贅沢な朝だね」なんて言い合っていた、あの少しだけ誇らしげな空気感だけは、絶対に忘れたくない。

9月のすすきに指が触れた、あの冷たい午後
北野の異人館街をあてもなく歩いて、道端に揺れていたすすきに指先で触れたとき。空気がほんの少しだけ冷たくなって、秋がすぐそこまで来ていることに気づいた。誰が道に迷ったかで言い合いながら、それでも一緒に歩くリズムが心地よかったのは、きっとあの街の風が、私たちの不機嫌さを優しくかき消してくれたからかもしれない。

深夜のラウンジで溶けていった、低いジャズの調べ
ホテルヴィラフォンテーヌ神戸三宮のラウンジで、心地よいジャズに包まれながら、とりとめもない話をしていた時間。ソファの深く沈み込む感覚と、グラスの中で氷がカランと鳴る音。正解のない問いに「わからないね」と答えながら、ただ静かに夜が更けていくのを待っていたあの時間は、どんな観光地を巡るよりも、私たちを深く繋いでくれていた気がする。


5年後の封印を解いたとき

この記録を読み返したとき、きっと私たちは今の自分たちよりも、少しだけ「大人」という名の窮屈な服を着ているのかもしれない。あの時食べたパンの正確な味や、チェスの駒の正確な重さは、記憶の隅で少しずつ形を変えて、ぼやけてしまっているだろう。でも、誰かにも気を使わず、ただ不格好に笑い合っていたあの感覚だけは、身体のどこかに深く刻まれているはずだ。

結果的に、誰が一番遅刻したかとか、どのお店が期待外れだったかとか、そんな些細な吐槽(つっこみ)こそが、この旅の本当の正体だった。完璧な景色よりも、完璧に失敗した計画の方が、ずっと鮮やかに思い出される。そんな不思議なことが、旅にはある。もしかすると、あの時感じた「心地よい不完全さ」こそが、私たちがずっと探し求めていた答えだったのかもしれない。


中庭に灯ったオレンジ色の光が、ゆっくりと夜に溶けていく。
  • 三ノ宮駅からホテルまで、あえてゆっくり歩いて街の匂いを感じてみて。
  • 朝食のパンは、迷わず全部試すくらいの強欲さで楽しんでほしい。