← 戻る 神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ

お湯の温度だけを、信じていた

午前七時の窓ガラスは、指先が触れると驚くほど冷たく、冬の名残のような鋭い温度が肌を刺した。外はまだ深い群青色に包まれていて、神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズの窓から見下ろす海は、まるで誰かが巨大なインク瓶を零したかのように静まり返り、境界線のない闇がどこまでも広がっていた。実のところ、私たちはまだ、お互いの心の奥底にあるすべてを知っているわけではない。何を話し、何をあえて口にしないか。その危うい境界線を引く作業に、私はいつも少しだけ疲れていた気がする。けれど、六甲アイランドという人工の島に降り立ったとき、ふと不思議な感覚に囚われた。コンクリートで固められたこの無機質な土地の下で、もしかしたら名もなき小さな種が、静かに、けれど力強く殻を割ろうとしているのかもしれない。私たちの関係も、そんな種に似ているのではないか。見えない地中で、ゆっくりと、でも確実に何かを突き破ろうとする根のように。そんな思考に耽りながら、私たちは一緒に温泉へと向かった。廊下を歩くとき、足の裏に吸い付くように触れるカーペットの厚みが心地よく、自分の足音が完全に消えていく感覚に、ふっと肩の力が抜けた。大浴場に足を踏み入れると、白く濃密な湯気が視界をぼやかして、隣にいるあなたの輪郭が淡い水彩画のように曖昧になる。お湯に体を沈めた瞬間、皮膚の表面で熱が弾け、強張っていた肩の筋肉がゆっくりとほどけていくのがわかった。それは、言葉で「大丈夫」と言われるよりもずっと説得力のある、体温に近い温度だった。もしかしたら、私たちは正解を探すのをやめて、ただこの心地よい熱に身を任せていればいいのかもしれない。ふと、浴衣の裾をうまく捌けずに、少しだけ不格好なステップを踏んでしまった。あなたに小さく笑われた気がしたけれど、その気まずささえ、今はなんだか愛おしく感じられた。完璧である必要なんて、どこにもないのだ。ふと思い出すのは、翌朝のビュッフェで味わった記憶だ。焼きたてのクロワッサンの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、口の中でサクッと崩れる繊細な層の質感に、不意に胸が熱くなった。完熟したメロンの果汁が舌の上で弾けるとき、あぁ、今私はここにいていいんだ、という確信に似た幸福感が込み上げた。夜になると、ラウンジから見える夜景が、黒いベルベットの上に散らばった塩のようにキラキラと輝いていた。その光の粒を眺めながら、私たちはほとんど言葉を交わさなかったけれど、その沈黙が重荷に感じられることはなかった。「不在にも形がある」というけれど、ここにある空白は、心地よいクッションのように私たちを優しく包み込んでいた。デラックスツインのベッドに深く沈み込んだとき、リネンのパリッとした冷たさと、その下に隠れた柔らかな弾力が、心地よく肌に馴染んだ。私たちはまだ、明確な答えを持っていない。でも、この島で過ごした時間の中で、視点をわずか一度だけずらして相手を見ることができた気がする。それは劇的な変化ではないけれど、コンクリートの隙間から小さな緑が顔を出すような、静かで確かな変化だった。きっと、それで十分なのだ。私たちはまた、不器用な歩幅で、一緒に歩き出せるはずだ。窓の外では、五月の新緑が風に揺れていて、そのかすかな葉擦れの音が、心地よいリズムとなって部屋の中に流れ込んでいた。

  • 朝の七時、街がまだ深い眠りについている時間に、海沿いの道を二人でゆっくりと散歩すること。
  • 温泉で心身を解きほぐした後、ラウンジで何も話さず、夜景の光が移ろう様子をただ眺めること。