午後三時、光が床に長方形を描く頃
午後三時。ホテル一井の山側エグゼクティブルーム、804号室。インナーテラス風リビングのソファに二人並んで座っていた。あなたがコーヒーを注ぐ音が小さく、カップの底で砂糖が溶ける音が聞こえた。そのとき、窓の外から風が運んできたのか、それとも空調のせいなのか——ソファのクッションに指先を押し込むと、指が沈み込む感触があった。木のぬくもりというより、木が生きている証のように、柔らかい硬さが手の平に残った。
「このベッド、触ってみない?」とあなたが言った。断面8.25インチのシモンズベッドは、雲の上に横たわっているみたいだと誰かがレビューに書いていた。実際に触れてみると、レビューの言葉が嘘じゃないことがわかった。体重を預けると、沈むというより、包まれる感じがした。まるで誰かに抱きしめられているみたいだ。あなたが隣に座って、私の肩に額を軽く預けた。そのとき、電気暖炉の光が揺れた。炎の揺らめきじゃない。光そのものが揺れているように見えた。
「これ、本当に電気の暖炉?」
「プロジェクターと同じ技術らしいよ。光と熱をシミュレートしてるんだって」
二人はしばらく無言で、光の揺れを見ていた。外の世界はG.W.初日で賑わっているはずなのに、この部屋の中だけは時間が止まっているように感じられた。
夜の九時、硫黄の匂いが鼻を刺す頃
夜の九時。階下のレストランで食べた地鍋が、まだ胃のあたりに温かい。外に出ると、草津の空気が肌にまとわりついた。硫黄の匂いが強い。でも不思議と嫌な匂いじゃなかった。むしろ、この匂いが「草津にいる」という証だと感じた。
「祭りの音、聞こえる?」
歩きながら、あなたが小声で言った。耳を澄ますと、確かに遠くから音楽が聞こえた。ドラムの音、笛の音。白根神社夏祭りの準備が始まっているのかもしれない。夏の匂いと祭りの音が混じり合って、草津の五月が終わったことと、これから始まる夏が既にそこにあるような気がした。
湯畑の方へ向かうと、硫黄の匂いが強くなった。白い湯気が立ち上っている。誰かが足を踏み入れる音が聞こえた。後ろを振り返ると、カップルが手をつないで歩いていた。二人の背中が、この空間に belonged しているように感じられた。
「わたしたちも手をつなごうか」
あなたがそう言って、私の手を握った。そのとき、祭りの音楽が少し大きくなった。ドラムの音が、二人の足音と重なった。
その時、わたしたちはここにいた
灯りが揺れる頃、わたしたちはここにいた。時間は遅く流れていた。誰にも邪魔されない時間が、わたしたちに与えられていた。
- ホテル一井の山側エグゼクティブルームで、プロジェクターの明かりを消して、裸足で床に寝転がってみる。そのとき、光の揺れがベッドのシーツに反射するのをじっくりと眺めてみてください。
- 夜の草津を散策するときは、湯畑の方へ向かって歩いてみてください。硫黄の匂いと祭りの音楽が混ざり合う瞬間を、意識して耳を澄ましてみてください。