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灯りが重なる頃

灯りが重なる頃

渋滞なんて想像もしてなかったから、 forecasts を信じすぎたかもな。
ラジオから忽然、草津の祭りの音が流れ出した。
「でも、渋滞してるからこそ、見つかるものもあるって信じようぜ」
友達がそう言って、ポケットから小さな地図を取り出す。
地図は、湯畑までの道のりを赤い線でぐるりと囲っていた。



冷えた手を握り合いながら、路地裏の本屋の前で足を止めた。
店内からは、本の匂いと古紙の懐かしい香りが漂ってきた。
「これ、面白そう」
中身をめくったら、表紙の裏に誰かの落書きがあった。
「誰かが、この本を読みながら、ここに座ってたんだな」
友達がそう言って、本棚の隅にあった小さな猫の置物を指差す。
猫は、右足を上げたまま、永遠に動かない。


「佳乃や」のロビーのソファに座ったら、足元のタイルが冷たかった。
ステンドグラス越しの光が、テーブルの上で黄色い点を描いている。
その点が、時間を重ねるように模様を描くのを、友達が指でなぞる。
「これ、時間の重なりみたいだな」
「nuovamente così」と呟いたら、友達がクスクス笑った。


「この辺り、昔からこんな感じだったのかな」
ロビーの壁に飾られた1970年代の草津の写真を見ながら、おばあさんと話していた。
「湯畑の周りが、もっとにぎやかだったそうよ」
おばあさんは、ラウンジの椅子に座りながら、紅茶のカップを両手で包んでいる。
カップの底で、茶葉がゆっくりと沈んでいく。


ツインルームのベッドに横になったら、畳の匂いと木の温もりがした。
和紙の灯りが半分だけ揺れて、壁に揺らめく影を描く。
影が動くたびに、空間が生きているように感じた。
友達は布団を被って、携帯の画面を覗き込んでいる。
「明日の朝、6時に起きたら、源泉掛け流しのお湯に入ろう」
「寒くて起きられないって」
「その時は、私が起こすから」


翌朝、45度のお湯が、肌を通して骨まで届くような温度だった。
熱いというより、生きている温度に触れた気がした。
お湯が流れ込むたびに、体の奥から何かが揺さぶられるような感覚。
友達が「これ、100年以上前から変わらない温度なんだって」と言った。


朝食のテーブルには、色の濃い漬物と温かいおにぎりが並んでいた。
おにぎりの具が熱すぎて、口の中が火傷しそうになった。
「草津のおにぎりは、具まで熱いんだな」
友達が笑いながら、自分のおにぎりを半分に割った。
「分けてあげる」


「また来ような」
駅のホームで、友達がそう言って、手を振った。
ホームの灯りが、二人の影を長く引き伸ばしていた。
その影が、10月の朝の光に溶けていく。

灯りが重なる頃

  • 佳乃やの源泉掛け流しのお湯に、朝一番で入ってみて
  • 草津の路地裏で、古い本と猫の置物を探してみて