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硫黄の匂いと、誰かの脱ぎ捨てた靴下

硫黄の匂いと、誰かの脱ぎ捨てた靴下

指先に触れる空気は、刺すように冷たかった。誰が一番先に凍えるかという馬鹿げた賭けをしたが、結局は全員が真っ赤な鼻をすすりながら、湯畑の白い煙の中に溶けていった。肺の奥まで入り込む濃厚な硫黄の香りが、ここが日常から切り離された聖域であることを、皮膚が先に理解していた。



口の中でじゅわっと広がる、地元の温かいおやきの甘み。もわっとした湯気と共に、指先に残った砂糖の粒を誰が気付かずに舐めるかという、低レベルな競争が始まった。熱すぎて口の中を火傷しそうになりながら、「これ、美味しいけど凶器に近いよね」と笑い合う。そんな、どうでもいい会話が一番の贅沢に感じられた。


「お前、また浴衣の帯が緩んでるぞ」という、いつもの鋭いツッコミ。鏡の前で格闘すること十分。糊のきいた生地が擦れる音だけが静まり返った部屋に響く。結局、誰が結んでも少しだけずれている。でも、その不格好さが、今の私たちの距離感にちょうどいい。完璧に結べていたら、かえって居心地が悪かったかもしれない。


草津温泉 大東舘のスタンダードタイプ和室に入った瞬間、そこは私たちの「領土争い」の場になった。い草の香りが漂う畳の上に投げ出されたスーツケースが、それぞれの国境線を描いている。真ん中の空白地帯だけが唯一の共有スペースで、そこには誰が持ってきたか分からないコンビニの袋が、旗のように転がっていた。


窓の外に広がる、ライトアップされた湯畑の深い青。部屋の明かりを消すと、その幻想的な光が畳の上に静かに溶け出していた。誰が喋り出すでもなく、ただぼーっと外を眺める。沈黙が重いのではなく、温泉の余熱のような心地よい温度を持って、私たちを優しく包み込んでいた。


深夜3時、トイレに行くために裸足で踏み出した畳の感触。冬の夜なのに、足裏に伝わる温度は意外にも穏やかだった。静まり返った廊下の突き当たりで、同じタイミングで出てきた友人と目が合う。お互いに何も言わず、ただ小さく肩をすくめて、またそれぞれの領土へと戻っていった。


源泉かけ流しの湯から上がった後、キンキンに冷えた空気の中で、誰かが「もう一回入りたい」と呟いた。全員が「無理、肌がふやける」と言いながら、結局はまた脱衣所へ向かう。その矛盾した行動こそが、この旅の正解だったのかもしれない。私たちは、心地よい疲労感という名の快楽に身を任せていた。


チェックアウトの時、誰の靴下が片方足りないのかという不毛な議論が始まった。結局見つからなかったけれど、それはこの部屋に置いていった小さな記憶の欠片のようなものだ。正解のない旅だったけれど、最後には、心の中に温かいお湯が溜まっているような、満たされた感覚があった。

湯煙の向こうに、まだ誰かの笑い声が混じっている。

  • 湯畑のライトアップを眺めながら、あえて何も話さない時間を過ごしてみて。
  • 草津温泉 大東舘の広い和室で、わざと不格好に浴衣を着こなして歩くのがおすすめ。