← 戻る 山城山荘温泉旅館

家族の記憶に刻まれた、五つの断片

窓ガラスに張り付いた結露が、外の山並みを白くぼかしていた。指先でなぞってみたけれど、ただ汚れが広がっただけ。けれど、それでいい気がした。すべてがはっきりと見えすぎない世界の方が、今の私たちにはちょうどいい。車内に充満する、使い古したウールのコートの匂いと、子供たちがこぼしたお菓子の甘い香りが混ざり合い、心地よい倦怠感に包まれていた。

家族での旅行は、いつだって休暇というよりは、某種のチーム作戦に近い。誰かが靴下をなくし、誰かがお菓子の袋をぶちまけ、緻密に立てた予定は開始五分で崩壊する。けれど、苗栗 山城山莊溫泉旅館の重い木製のドアを開けたとき、そこに流れていた深い静寂だけは、私たちの混乱を優しく包み込んでくれた。ロビーに漂うかすかな硫黄の香りと、山あいの冷ややかな空気が、昂ぶっていた心をゆっくりと凪の状態に戻していく。

次男がふと、「温泉って、どこから来るの?」と聞いてきた。私たちはしばらく考えたけれど、答えが出なかった。地球の深いところで誰かがお湯を沸かしているのかもしれないし、あるいは山の神様が気まぐれに分けてくれているのかもしれない。「きっと、山が深く長い時間をかけて溜め込んだ溜息のようなものだよ」と私が答えると、息子は不思議そうに、けれど満足そうに頷いた。正解なんてどうでもいい。ただ、目の前でゆらゆらと踊る白い湯気が、たまらなく心地よかった。

家族の記憶に刻まれた、五つの断片

指先から伝わる、ぬるぬるした質感
お湯に浸かった瞬間、肌が滑り出した。美人湯という名にふさわしく、まるで液体の絹に包まれているような、不思議で濃密な手触り。一番に気づいたのは次男だった。「ねえ、手が逃げる!」と大はしゃぎして、お湯を跳ね飛ばしていた。その飛沫が頬に当たったとき、冬の刺すような冷気と熱い湯の境界線が溶けていくのがわかった。

紅棗の、とろけるような甘み
冬の芯まで冷えた体に染み渡る、温かい紅棗のデザート。じっくりと煮込まれた棗が、ジャムのように濃厚な甘さを舌に残し、喉の奥をじんわりと温めていく。これを一番気に入ったのはパートナーだった。一口食べるたびに、強張っていた肩の力が抜けていくのが見て取れた。甘いものは、時にどんな言葉よりも正確に、心を緩ませてくれる。

足裏で感じた、床の小さな沈み込み
客室の古い木の床を歩いていると、ある一点でだけ、ふわりと足が沈む場所があった。年季が入った建物特有の、小さな「遊び」のような空間。長男はそれを「秘密の隠しボタン」だと思い込み、何度も何度も同じ場所をリズミカルに踏んでいた。古いことは、不便なことではなく、想像力を刺激する装置になる。そういう純粋な視点があることに、私は救われる。

部屋を満たす、真っ白な霧
専用の浴槽から立ち上がる湯気が、次第に部屋の隅々まで満たしていく。散らかったスーツケースも、脱ぎ捨てられたパジャマも、すべてが白い霧の向こうに消えていく。その瞬間、ここが世界で一番安全なシェルターになった気がした。視界が遮られることで、かえって隣にいる家族の静かな呼吸音が、鮮明に聞こえてくる。

肌を刺す、廊下の鋭い冷気
お風呂上がり、浴衣に身を包んで廊下に出た瞬間の、あの刺すような寒さ。家族全員で同時に「ひゃっ!」と声を上げた。あの一瞬の共有。熱い湯から冷たい空気へ。その激しい温度差があるからこそ、部屋に戻って布団に潜り込んだときの、あの圧倒的な幸福感が完成する。私たちは互いの体温を確かめ合うように、身を寄せ合った。

湿ったタオルの匂いと、深い眠りに落ちた子供たちの規則正しい寝息だけが、部屋に残っていた。

  • 子供たちが湯船で暴れてお湯が飛び散りやすいため、着替えの予備を多めに持っていくことをおすすめします。
  • 地域の特産である紅棗のスイーツは、冷えた体に心地よいので、ぜひ時間をかけてゆっくりと味わってみてください。