← 戻る 山城山荘温泉旅館

静寂に溶ける夜と、喧騒に染まる夜

鼻の奥がツンとするほど冷たい、12月の苗栗の空気が、車の隙間から忍び寄ってくる。目的地である苗栗 山城山莊溫泉旅館に辿り着いたとき、私の意識を捉えたのは、エンジンの熱と外気の冷たさがぶつかり合って生まれる、あの独特の静寂だった。ロビーに足を踏み入れた瞬間、凍えていた指先がじわりと解けていく。私たちは、誰が一番先に「寒い」と口にするかという、子供のような賭けをしていた。結局、車を降りた瞬間に全員が同時に肩をすくめたため、勝者はいない。ただ、山の中の夜は驚くほど深く、乾燥した空気が遠くで誰かが笑う声を、鮮明な輪郭を持って運んできた気がする。

「マジで道間違えただろ!」という怒鳴り声と、それに被せる爆笑。私たちの旅はいつもこんな調子だ。ナビの指示を無視して直感で左に曲がった誰かのせいで、予定より30分遅れて山城山莊に滑り込んだ。けれど、そのおかげで目にした夕暮れ時の山々の深い藍色は、計画通りに辿り着いていたら見逃していたはずの宝物だった。温泉に飛び込んだ瞬間、肌にまとわりつくような、あの独特の「ぬるぬる感」に、全員が同時に声を上げた。液体になった絹に包まれているような、至福の触感。リラックスしに来たはずなのに、結局は誰が一番滑稽な顔で湯船に浸かっているかを競い合い、白い湯気の中で大人の余裕などとうに溶けて消えていた。

舌先に残る甘美と、耳に残る笑い声

テーブルに並んだ紅棗のデザート。スプーンですくうと、とろりとした濃厚な甘みが舌の上に重く、心地よく乗る。12月の冷え切った身体に、その温かさがゆっくりと染み渡っていくのが分かった。一緒に添えられた仙草の、ひんやりとしていて、少しだけ薬草のような苦味がある後味が、甘さをちょうどいい場所で切り止めてくれる。味覚が研ぎ澄まされ、食事の作法などどうでもよくなった。ただ目の前の温かい料理が、自分の内側の温度を1度ずつ上げていくプロセスに、静かな幸福感を感じていた。それは空腹を満たすことよりも、冬という季節そのものを身体に取り込んでいるような、贅沢な感覚だった。

味なんて正直、記憶にない。ただ、あの時のテーブルを囲む騒がしさだけが鮮明だ。誰が一番多く食べたか、誰が一番贅沢な注文をしたか。そんなくだらないことで言い合いになり、箸が止まる暇もないほどに笑い転げていた。照明が落とされた空間で、湯気に包まれた友人たちの顔がぼんやりと霞んで見え、それがなんだか心地よかった。誰かが飲み物をこぼして、慌ててナプキンで拭き取る。その不器用な動きさえも、この旅の完璧なリズムを刻んでいた。美味しい料理よりも、その場の空気や遠慮のない言葉が最高の調味料になっていた。私たちは何を食べていたかより、誰と笑っていたかを、ずっと大切にしている。

言葉を捨てて共有した、心地よい孤独

深夜3時、客室にある専用の浴槽に浸かりながら、私たちはふと同時に黙り込んだ。裸足で踏んだタイルの、ひんやりとした清潔な温度。そこから熱い湯に足を入れた瞬間の、突き抜けるような快感。ここでは、誰かが誰かを気遣う必要も、無理に会話を繋ぐ必要もない。ただ、お湯が肌を滑る感覚と、遠くで冬風が木々を揺らす音だけがあればいい。私たちは、この「心地よい孤独を共有できること」こそが、この旅の正解だったのだと、言葉にせずとも同意していた。完璧な計画よりも、不完全な私たちがそのままの形でいられる場所があること。それだけで、この冬の旅は十分に価値があった。

窓の外では、冬の月が静かに、けれど確かに私たちを照らしていた。

  • 客室の専用浴槽で、深夜に誰にも邪魔されず、ぬるぬるの湯に浸かる時間を確保してほしい。
  • 近くの江技旧記で、伝統的なワンタンを食べて、冬の冷えた胃袋を温めるのが正解だと思う。