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湿った風と、心地よく外れたリズム

3月の苗栗駅に降り立った瞬間、肌にまとわりつくような、しっとりとした湿り気を感じた。温度は20度前後。心地よいはずなのに、どこか重たい、まるで濡れた毛布を薄く被せられたような感覚だ。ホームに充満する連休の喧騒の中、誰かの弾けるような笑い声と、スーツケースがアスファルトを叩く乾いた音が不規則なポリリズムのように耳に飛び込んでくる。私たちは、この旅で「誰が一番最初に迷子になるか」という、くだらない賭けをしていた。結果的に、地図アプリを完璧に使いこなせると豪語していたAが、駅を出て3分で真逆の方向へ歩き出した。その自信満々な背中と、絶望的に間違っている方向のコントラストがひどく滑稽で、私たちは彼を追いかけるのを少しだけ遅らせ、その光景を密かに楽しんでいた。「ねえ、本当にあっちで合ってるの?」という私の問いかけに、彼はまだ気づかない。旅の始まりに完璧な正解なんて必要ない。むしろ、少しだけリズムを外した方が、この街の深い呼吸に馴染める気がした。

路地裏の静寂と、時を止めた看板

駅から旅社までのわずか5分ほどの道のり。けれど、その短い時間は、まるで違う時代へと緩やかに移行するための儀式のように感じられた。コンクリートの壁に触れると、ざらりとした冷たい感触が指先に伝わり、都会の喧騒が遠のいていく。ふと目に留まったのは、壁に掲げられた「借問站(案内所)」の看板だった。そのフォントが驚くほど古風で、今の時代にわざわざあんな書体を使うなんて、誰のこだわりだろう。私たちはその看板の前で、「ここがこの街の精神的なセンターなのでは」と、大人のすることとは思えないくだらない議論を始めた。Aはまだ自分のミスを認めず、何か高度なルートを計算しているふりをしていたけれど、その泳ぐ視線を見れば、ただ混乱していただけなのだろう。路地に入ると、空気の密度がふっと変わる。遠くで媽祖の遶境を知らせる賑やかな音が聞こえ、春の予感を含んだ風が、まだ咲ききっていない桐花のつぼみの、かすかに甘く青い香りを運んできた。私たちは互いに「この先に本当にホテルがあるのか」と冗談を言い合いながら、あえて最短ルートを避け、迷路のような路地をあてもなく歩いた。迷うことは、この街の情報を丁寧に拾い集める作業のようなものだ。方向感覚を失うことで、初めて見える景色があるという気がした。

鉄の階段が刻む、記憶の足音

「新興大旅社」のドアを開けた瞬間、肺の奥まで届くような、古い木材とかすかな洗剤が混ざった、どこか懐かしい匂いがした。足元に広がるテラゾーの床は、裸足で踏むと突き刺さるように冷たく、それがかえって意識を覚醒させる。長い旅の緊張が、足裏からじわりと抜けていく感覚。それは、全力で走り抜けた後に、ようやく深く、長く息を吐き出した時のあの解放感に似ていた。階段は鉄製で、一歩踏み出すたびに「キン、コン」と高い金属音が静かな館内に響く。その音が、自分たちが今、時間の積層の上に立っていることを教えてくれる。ロビーで迎えてくれたのは、老派な文人のような気品を纏ったオーナーだった。その穏やかで温かい声と、新参者の私たちを静かに受け入れる懐の深い眼差しに、心まで解きほぐされていく。年季の入った建物でありながら、隅々まで行き届いた清潔感には、オーナーの深い愛情が滲んでいた。

部屋に入ると、まず誰が窓側のベッドを確保するかという、静かだけれど激しい争奪戦が始まった。「ここは私の特等席!」と叫んで飛び込んだBが勝利し、私たちはガタガタと不器用な音を立てて空気を冷やす古いエアコンの下で、今日あったくだらない失敗について笑い合った。バスルームに足を踏み入れると、そこには懐かしいモザイクタイルの浴槽があった。指先でタイルの継ぎ目をなぞると、小さな凹凸が心地よく、子供の頃に見た記憶の断片が呼び起こされる。シャンプーの香りは意外にも洗練されていて、この古風な空間に現代の心地よさが密かに溶け込んでいることに気づかされる。完璧な設備がある豪華なホテルよりも、こういう「隙」のある場所の方が、自分たちの不完全さを肯定してもらえる気がした。外に出れば、江技舊記のワンタンの、あのもちもちとした食感と出汁の香りが待っているだろう。3月の苗栗は、まだ少しだけ寒くて、でも確実に春が近づいている。私たちは、この不器用な旅の続きを、もう少しだけゆっくりと味わいたいと思った。

窓の外で、夜の街が静かに呼吸を始めている。

  • 苗栗駅近くの「江技舊記」で、もちもちのワンタンと肉圓を味わうこと。
  • 4月の桐花祭に合わせ、白い花が舞う鳴鳳古道をゆっくりと散歩すること。