← 戻る リゾナーレ那須

靴の中に迷い込んだ小さな花びら

家族というチームで分かち合った、五つの記憶の断片

厚手のカーペット。足首まで深く埋まりそうなほどの密度があり、子供たちが全力で駆け回る足音をすべて優しく飲み込んでしまう。それは単に静寂をデザインした空間というより、外の世界の喧騒から私たちを切り離し、家族だけの時間を守ってくれる柔らかなシェルターのような質感だった。リゾナーレ那須の客室に足を踏み入れた瞬間、これを最初に発見したのは次男だった。彼はそのまま床にダイブし、「ここなら敵に見つからないぞ」と真剣な顔で呟いた。旅の疲れで少しだけ余裕をなくしていた大人の空気を、その突拍子もない行動がふわりと緩めてくれた気がする。

温泉の湯面。表面張力でぷっくりと盛り上がったお湯に、そっと指先で触れる。那須温泉のじんわりと重い熱が皮膚から浸透し、凝り固まった肩の力がゆっくりと、深いところから抜けていく。立ち上る湯気と共に、かすかに混じる硫黄の香りが心を凪の状態へと導いてくれた。隣では子供たちが「お風呂に魔法のスープが入ってる!」とはしゃぎながら水しぶきを上げているけれど、不思議とそれが心地よかった。完璧な静寂よりも、こういう適度な乱雑さがある方が、自分たちがここにいていいんだと思える。一番最初に「あたたかいね」と小さく呟いたのは、いつもは不機嫌な長女だった。

春の地野菜。レストランで運ばれてきた一皿から、雨上がりの森のような、濃く、湿り気を帯びた土の香りがした。口に運ぶと、シャキシャキとした力強い食感の後に、大地の凝縮された甘みが舌の上にじわりと広がっていく。スーパーで買う整えられた野菜とは違う、どこか不器用で正直な、生命力に満ちた味。長女が「これ、土の味がする」と少し顔をしかめたけれど、三口目には夢中で完食していた。アグリツーリズモの精神が息づく食卓を囲む私たちの間に、言葉にならない安心感が毛細管現象のようにゆっくりと染み込んでいくのがわかった。

4月の冷気。ロビーを出た瞬間、肌を刺すような鋭い冷たさと、同時に鼻をくすぐる桜の甘い香りが混ざり合ってやってきた。湿り気を帯びた風が、頬を撫でて通り過ぎる。視界に広がる那須の山々はまだ冬の名残を纏い、淡い光に包まれていた。パートナーが小さく肩をすくめて、「やっぱり那須の春はまだ冬が混ざっているね」といたずらっぽく笑った。その冷たさがあるからこそ、後で戻ってきた部屋の温もりが、より深い意味を持つ。誰が最初に気づいたかはわからないけれど、私たちは自然と、誰かの肩を抱き寄せ合っていた。

田んぼの泥。「お米の学校」で足を踏み入れた泥の感触。ひんやりとしていて、ぬるりと足の指の間に入り込む。足首まで深く沈み込むたびに、自分が地面の一部になっていくような、あるいは地球の鼓動に直接触れているような、不思議な感覚があった。次男が「足が吸い込まれる!」と大声を上げて笑い、泥だらけになった足でお互いを追いかけ回した。泥にまみれることを恐れず、ただその原始的な感触に没頭する時間。そんな単純で純粋な喜びこそが、今の私たちに一番必要だったのかもしれない。

泥にまみれた小さな手が、私の指をぎゅっと握りしめていた。

  • 「お米の学校」で、あえて泥にどっぷりと浸かる時間を。大人が一番楽しんでしまうかもしれません。
  • 早朝の静かな庭を散歩して、4月の風が運んでくる土と花の香りを、深く吸い込んでみてください。