「ねえ、賭けてもいいけど、あなた絶対地図を逆さまに見てたでしょ」
「逆さまじゃないし!この通り、ナビはこっちだって言ってるし!」
「そのナビ、さっきからずっと同じ場所をぐるぐる回ってる気がするんだけど。誇張じゃなくて、本当に同じ看板を三回見たよ」
「……まあ、ちょっとだけ迷ったかもしれないけど」
「ちょっとだけじゃないし!もう、この旅で誰が一番役に立たないか選手権なら、あなたの圧勝だよ」
5月の台中の空気は、まるで濡れたタオルを被っているみたいに重い。肌に張り付くシャツの不快感と、どこからか漂ってくる雨の予感。僕たちは互いに呆れながら、それでも笑い声を絶やさずに西区の路地を歩いていた。喧嘩腰の言葉とは裏腹に、心地よい疲労感が足元からじわりと広がっていた。
ほどけていく心の結び目
卡爾登飯店台中館 The Carlton Taichungのロビーに足を踏み入れた瞬間、外のぬるい熱気が、ふっと断ち切られた。冷房の冷気が、汗ばんだうなじを心地よく撫で、張り詰めていた神経が緩む。チェックインを済ませて部屋に入ると、そこには静かな空白が広がっていた。旅というものは、常に何らかの「結び目」を抱えている。誰がどこへ行きたいか、何を食べたいか、誰が予算を管理するか。そんな小さなエゴと期待が絡まり合って、心地よいはずの旅が、時としてもつれた糸のように扱いづらくなる。
その結び目を、不意にほどいてくれたのは、浴室のシャワーだった。レビューで見た「滝のような」という言葉の意味を、肌で理解する。肩から膝にかけて、強い水圧が真っ直ぐに降り注ぐ。それは単なる洗浄ではなく、旅の間ずっと張り詰めていた、友人同士という微妙な距離感の緊張を、物理的に押し流してくれるような感覚だった。お湯の温度がちょうどよく、凝り固まった肩の筋肉がゆっくりと緩んでいく。裸足で踏んだタイルのひんやりとした感触が、頭の中のノイズを消してくれた。
そのまま吸い込まれるようにベッドに身を投げ出す。リネンの清潔な匂いと、適度な反発力を持つマットレスが、重力に身を任せる快感を教えてくれる。部屋に備え付けられた機能的なデスクに、迷宮入りした地図を放り出したとき、ようやく旅の緊張が完全に消えた。翌朝、緑に囲まれた朝食ホールで、淹れたてのコーヒーの香りと、しっとりと濡れた葉の匂いが混ざり合う空間に身を置いたとき、僕は気づいた。完璧なプランなんて必要なくて、ただこうして、心地よい空間で一緒にだらしなく過ごせればそれでいいのだと。あ、そういえば、健康的に過ごそうと意気込んでジムに行ったけれど、マシンの使い方が全然わからなくて、結局五分で諦めて戻ってきたのは、僕たちらしい小さな失敗だったかもしれない。
深夜二時の、言い訳できない本音
「……ねえ、本当は、今回の旅、結構楽しみにしてたんだよ」
「知ってるよ。あんなにしつこく日程表作ってたもんね」
「うるさいな。でも、実際は全部めちゃくちゃだったし」
「それがいいじゃん。予定通りにいかないから、あんなにくだらないことで喧嘩できたし」
部屋の明かりを落とし、琥珀色の間接照明だけが淡く壁を照らしている。窓の外からは、台中の夜の街の音が、遠い波のように聞こえてくる。5月の夜風に乗って、どこからか百合の花のような、甘く切ない香りが忍び込んできた。昼間の激しい口論が嘘のように、声のトーンが低くなる。僕たちは、互いの弱さをさらけ出すのにちょうどいい温度感に達していた。
「僕らって、やっぱり気が合うのかな」
「さあね。でも、このもつれた結び目を、無理に解こうとしなくていい気がする。そのままにしておくのが、一番僕ららしいし」
「……まあ、そうかもね」
誰が正解を持っているわけでもない。ただ、この部屋の静寂と、隣に誰かがいるという確信だけがあれば、それで十分だった。
窓の外で、雨粒が一つ、また一つと静かにガラスを叩き始めた。
- 散歩がてら「草悟道」まで歩いて、路地裏の小さなカフェで時間を潰してみてください。
- 朝食ホールの緑に囲まれた席で、あえて何も考えずにコーヒーを飲み干す時間を。