8月の台中の夜は、空気がねっとりと肌にまとわりつく。激しい雨がアスファルトを叩き、巻き上がった土と熱気が鼻腔を突く。私たちは「誰が先に歩くのを諦めるか」という、どうでもいい賭けをしていた。結果、肺の中まで水で満たされたような感覚に陥った私が敗北し、コンビニで買い込んだ冷たい飲み物と、少し形が崩れた台湾の夜食を抱えて、逃げるようにホテルへ戻る。コンビニの店内に漂う、揚げ物と冷たいエアコンの混ざった独特の匂いがまだ服に残っている。卡爾登飯店台中館 The Carlton Taichungのロビーに足を踏み入れた瞬間、冷房の鋭い冷気が肌の表面の汗を急激に奪い、心地よい戦慄が走った。プラスチック袋の中でカチカチと音を立てる冷たいペットボトル。それを抱えてエレベーターに乗り込むと、金属製の壁に反射する、疲れ切ったけれどどこか満足げな友人たちの顔が見えた。
咀嚼音に紛れ込ませた、小さな嘘の告白
「ねえ、さっきの美術館まで『歩いて5分』って言ったの誰だったっけ」
コンビニの袋から取り出した、冷えた鶏肉の盛り合わせを口に運びながら、友人がわざとらしく問いかける。部屋の照明を落とし、間接照明だけのオレンジ色の空間。ベッドに腰掛け、足を投げ出した私たちの間には、コンビニの袋と、飲みかけのペットボトルが散乱している。
「いや、Googleマップにはそう書いてあったし」
「あのマップ、たぶん直線距離で計算してるよね。実際は20分かかったし、途中の信号待ちで私の精神はもう限界だった。誇張抜きで、人生で一番長い5分間だったと思う」
「あはは、まあいいじゃん。結果的に、途中で見つけたあの変な看板の店、面白かったし」
「あれは面白かったけど、私のサンダルが雨で死んだのはどう責任取ってくれるわけ?」
笑いながら、誰かがポテトチップスの袋を乱暴に開ける。パサッという乾いた音が、静かな部屋に響く。私たちは、今日一日の失敗を、一つずつ丁寧に、そして残酷に笑い飛ばしていく。視力が悪くて案内板を読み間違え、逆方向に15分歩いた私の話になると、笑い声は最高潮に達した。私はコンタクトレンズを忘れて世界がぼんやりしていたことを言い訳にしたが、彼らはそれを「芸術的な視点」だと皮肉った。くだらない会話だ。けれど、この狭い部屋で、肩が触れ合うほどの距離で交わされる言葉だけが、旅の中で唯一、飾りのない本音だった。ビジネス客に愛される卡爾登飯店台中館 The Carlton Taichungの清潔なシーツの感触が、心地よく背中に馴染んでいる。外の街はまだ熱を帯びているはずなのに、この空間だけは、心地よい低温の周波数に包まれていた。
満腹のあとに訪れる、心地よい空白
食事が終わり、ゴミが集められ、会話の波がゆっくりと引いていく。残されたのは、エアコンの低いハム音と、誰かの規則正しい呼吸の音だけだ。カーテンの隙間から、台中の街のネオンが淡い光の筋となって部屋に差し込み、床に静かな模様を描いている。もしかすると、私たちは、この静寂を共有するためにここに集まったのかもしれない。もともと、人間にとって孤独とは、取り除くべき問題ではなく、生まれ持った臓器のようなものだ。けれど、信頼できる誰かと一緒にいるときの孤独は、不思議と心地よい。それは、濡れた画用紙にインクを落としたときのように、個々の境界線がゆっくりと滲み出し、互いの領域が混ざり合っていくプロセスに似ている。最初ははっきりしていた「私」と「あなた」の輪郭が、深夜の静寂という溶剤に溶かされ、一つの大きな、心地よい曖昧さへと変わっていく。この部屋の壁は、私たちの笑い声や愚痴、そして言葉にならない溜息をすべて吸収し、優しい余韻として返してくれる。誰かが小さくあくびをし、シーツが擦れる音が聞こえる。もう、誰が賭けに負けたかなんてどうでもいい。ただ、この温度と、この湿度と、隣に誰かがいるという確信だけがあれば、それで十分だ。私たちは、互いに何も言わず、ただ同じ方向の闇を見つめている。
窓の外、遠くで鳴る車のクラクションが、心地よい子守唄のように夜に溶けていった。
- コンビニで買える冷えたパパイヤミルクと地元の揚げ物を、部屋の冷房の下で。
- 翌朝は、ビジネス客にも好評なホテル併設レストランで、種類豊富な朝食をゆっくりと。