「もう、ここでいいよ」
「ねえ、まだ行きたいところある?」
君がスマートフォンの地図を指差して、少しだけ申し訳なさそうに聞いた。画面の中で点滅するピンが、私たちの未到達地点を冷たく照らしている。
「……ない。もう、ここでいいよ」
私は小さく笑って答えながら、台中東旅 Hotel East Taichung酒店の重いドアをゆっくりと閉めた。外の喧騒がふっと消え、代わりにエアコンが静かに動き出す低い唸りと、君の安堵したような小さなため息が、部屋の空気に溶け込んでいった。もしかすると、私たちは目的地に辿り着くことよりも、ただこの静寂に逃げ込みたかったのかもしれない。
湿度と煉瓦、不揃いな二人の距離
裸足で踏み出した床の、ひんやりとした感覚。白いタイルの冷たさが足裏からじわりと体温を奪い、火照った肌を鎮めてくれる。六月の台中の空気は重く、皮膚に張り付くような湿度と、午後になれば決まって降り出す雷雨が、私たちの心を少しだけ急かしていた。外を歩いている間、私たちはどちらが先に「疲れた」と言うか、静かな競争をしていたのかもしれない。
部屋に目を向けると、そこには温かみのある赤い煉瓦の壁があった。ざらりとした土の記憶を宿した質感。白いタイルとの鮮やかなコントラストが、なんだか今の私たちみたいだと思った。違う温度を持ち、違う質感をしているけれど、同じ空間に並んで立っている。そういう、不揃いな調和。私たちの旅程表は、もともと完璧だった。けれど実際はどうだったか。アイスクリーム屋の行列で悩み、計画を完遂することに執着して、隣にいる君の歩幅を忘れていた。そんな自分に、ふっと笑えてくる。私たちは旅に来たのではなく、「一緒にいること」の練習に来たのかもしれない。
窓の外で不意に雨が降り出し、激しい音がガラスを叩いて世界を白く塗りつぶしていく。けれど、この部屋の中だけは時間が違う速度で流れていた。強い水圧のシャワーで旅の疲れを洗い流し、台中東旅 Hotel East Taichung酒店のふかふかの枕に深く顔を埋める。心地よい圧迫感は、誰かに抱きしめられているような、あるいは世界から隠れているような、不思議な安心感をくれた。
夜、ロビーで提供されていた温かい宵夜を二人で分けた。湯気と共に立ち上る出汁の優しい香りが、張り詰めていた心をゆっくりと解いていく。豪華なディナーよりも、深夜に啜るこの一杯の麺の方が、ずっと正直な味がした。君が「美味しいね」と小さく呟いたとき、私たちはようやく、同じ周波数にチューニングできた気がした。
もしかすると、私たちはこれからも、何度もリズムを乱し合うだろう。歩幅が合わなくて、どちらかが立ち止まり、どちらかが先に行き過ぎる。けれど、この赤い煉瓦の壁に囲まれた静寂の中で、ただ隣に座っているだけで十分だと思えた。足りない部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む隙間ができる。欠落こそが、私たちを繋ぎ止める形になる。雨上がりの空気は、土と青草の匂いが混ざり合って、ひどく澄んでいた。窓を開けると、遠くで街の音が呼吸を始めている。私たちはまだ、答えを持っていない。けれど、この街の湿度と、ホテルの静けさが、私たちを優しく肯定してくれたような気がする。ただここにいていい。不完全なままで、隣にいていい。そういう許可を、もらった気分だった。
雨上がりの街に、オレンジ色の街灯がぽつりぽつりと灯り始める。
- 台中の路地裏を、あえて目的もなくゆっくり歩いてみない?君の歩幅に合わせる時間を、大切にしたいから。
- 宮原眼科で一番贅沢なアイスを選ぼう。甘すぎるくらいの幸せを、二人で分け合いたいな。