アスファルトを叩くスーツケースの乾いた音が、不規則なリズムで街に響いている。誰が一番先にホテルを見つけられるか、コンビニの冷たい飲み物一杯を賭けて競い合った。結局、全員が同じ路地で迷い込み、呆然と顔を見合わせた後、「台中東旅 Hotel East Taichung酒店」の入り口に辿り着いた。方向音痴が集まると、地図はただの綺麗な幾何学模様に成り下がるらしい。
宮原眼科で買ったアイスクリームが、三月のぬるい風にさらされて、指先にねっとりと溶け出した。冷たさと濃厚な甘さが混ざり合う感覚。けれど、本当に心をほどいたのは、ホテルに戻ってから食べた夜食の麺だった。立ち上る白い湯気が眼鏡を白く曇らせ、箸を動かすたびに、今日誰が一番迷ったかという不毛な議論が再開される。出汁の香りと共に、心地よい疲労感が体に染み渡った。
「いや、絶対こっちだって!」と、地図を完全に逆さまに持った友人が自信満々に言い張る。私たちはそれを、心ゆくまでいじり倒した。誰かが吹き出し、誰かが深くため息をつく。それでも誰も正解を急がない。正解なんてどうでもいい。ただ、こうしてくだらないことで言い合える時間が、旅の正体なのだと気づかされる。
部屋の壁にある赤レンガに寄りかかって、誰が一番「旅人っぽく」見えるか写真を撮り合った。結果、全員がひどい変顔で写っていた。誇張ではなく、本当に救いようのない出来栄えだったけれど、私たちはそれをグループチャットに保存して、腹を抱えて笑った。完璧な構図の写真よりも、この格好悪い記録の方が、ずっと愛おしく思える。
午前三時。部屋の明かりを落とすと、外の喧騒が遠い記憶のように静まり返る。デスクランプの温かい光が部屋の隅を淡く照らし、厚みのある羽毛布団に潜り込んで天井を見つめた。隣で聞こえる友人の規則正しい寝息。一人でいるときの孤独とは違う、誰かがそばにいるという絶対的な安心感が、重たい毛布のように心地よく体を包み込んでいた。
裸足で踏みしめた木の床が、ひんやりとしていて、でもどこか懐かしい温度をしていた。台中東旅 Hotel East Taichung酒店の赤レンガの壁に触れると、ざらりとした土の感触が指先に伝わる。モダンな空間なのに、古い記憶を呼び覚ますような質感。この場所は、私たちに「ただ、ここにいていい」と静かに許してくれているように感じられた。
街に繰り出したとき、不意に媽祖の行列に遭遇した。太鼓の音が地響きのように足元から伝わり、街全体が一つの大きな生き物のように呼吸しているみたいだった。線香の香りが立ち込める人混みに押されながら、私たちは自然と手を繋いで歩いた。普段なら照れくさくてできないことが、この街の熱気に溶かされて、当たり前のようにできた。
チェックアウトの朝、鏡に映った自分たちは、少しだけ日焼けして、ひどく緩んでいた。何もしない贅沢を、この場所で共有できた。何かを得るための旅ではなく、ただ自分たちのリズムを取り戻すための時間。赤レンガの温もりが、まだ手のひらにかすかに残っている気がする。
廊下の隅に、誰かが忘れていった小さな笑い声がまだ響いている。
- 宮原眼科のアイスを片手に、台中市街をあてもなく歩いてみて。
- ホテルの夜食は絶対。深夜のとりとめない会話を完成させる最後のピースだから。