「ちょっと待って、ここさっきも通らなかった?」「いや、あっちの角に白い花が咲いてたから絶対違うって!」「ねえ、ショートカットだって言い張ったのは誰? 正直に言いなさいよ」
「あ、私。ごめん」
「最悪!もういい、とりあえずホテル行こう。お腹空きすぎて足がガクガクしてる」
湿り気を帯びた四月の風が、火照った頬を撫でていく。誰かが情けない声で笑い、誰かが盛大にツッコミを入れる。私たちは台中駅の喧騒の中、排気ガスの匂いと屋台から漂う香ばしい油の香りに包まれながら、心地よい絶望感に浸っていた。目的地を失ったことさえ、今の私たちには最高の娯楽だった。
喧騒を脱ぎ捨てて、静寂という贅沢に浸る
カードキーがカチリと心地よい音を立て、ドアを開けた瞬間に流れ込んできたのは、外の熱気を一瞬で遮断する冷ややかな空気だった。裸足で踏み出したフローリングのひんやりとした温度が心地よく、私たちは同時に「ふぅ」と長い息をつく。まるで嵐の後の静かな港に辿り着いたような、深い安堵感が身体を包み込んだ。
雋格大飯店 Elence Hotelの客室は、私たちの混乱をそのまま受け入れてくれるだけの深い余裕があった。特に四人用の広々とした部屋は、大きなスーツケースを四つ同時に広げても、まだ誰かがの間をすり抜けられるほどの空間がある。清潔なリネンの淡い香りと、適温に設定されたエアコンの低いハム音が、旅の緊張で張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。ベッドに身体を投げ出すと、雲に包まれたような柔らかさが全身を包み込んだ。
窓の外では、四月の柔らかな光が街を淡い琥珀色に染めている。白い桐花の花びらが風に舞い、時折、窓ガラスに小さく当たっては消えていく。その様子は、まるで誰かが密かに書き残した手紙の断片が、空を漂っているかのようだ。ここにあるのは、単なる設備としての「広さ」ではない。気心の知れた友人たちが遠慮なく騒ぎ、そして同時に静寂を共有できるという、精神的な「自由」なのだと感じる。夕食に食べた小籠包の熱い肉汁の余韻が、まだ心地よく喉の奥に残っていた。
午前二時、低い周波数で交わす本音
「ねえ、十年後もこうやって、適当な計画で旅してられるかな」
部屋の明かりを消し、間接照明だけが隅っこをぼんやりと照らしている。昼間の喧騒が嘘のように、声のトーンが自然と下がり、部屋の中には親密な空気が満ちていた。
「さあね。まあ、その頃にはもっと歩くのが遅くなってるだろうけど」
「あはは、確かに。でも、このメンバーなら多分、また同じ場所で迷子になるんだろうな」
誰かが隣で小さく笑い、布団が擦れるカサカサという乾いた音が響く。本当は、目的地に辿り着くことなんてどうでもよかったのかもしれない。ただ、こうして同じ空間で、同じ温度の空気を吸っているという事実だけで十分だった。
「……明日、誰が一番に起きるか賭けない?」
「いいよ。負けた人が朝ごはんのコーヒー奢りね」
窓の外で舞い踊る白い花びらが、静かに夜の帳へと溶けていった。
- 桐花季の白い花びらが舞う山道を、あえて地図を持たずに歩いてみる。
- 雋格大飯店 Elence Hotelの広々とした部屋で、地元のスイーツを囲んで深夜まで語り合う。