5月の台中、梅林親水岸の庭を歩いていると、肌にまとわりつく湿度が、まるで誰かの体温のように感じられた。指先に触れる空気はしっとりと重く、どこか甘い。足元の砂利が小さく鳴る音が、私たちの間の空白を埋めていく。隣を歩く君の白いシャツが、湿気でほんの少しだけ肌に張り付いているのが見えた。その小さな密着に、なぜか胸の奥がざわつく。水辺から聞こえてくるせせらぎの音は、一定のリズムを刻んでいるけれど、私たちの歩幅はまだ完全には揃っていない。もしかしたら、この不揃いなリズムこそが、今の私たちにとって一番心地よい距離感なのかもしれない。水辺からは、かすかに苔と濡れた石の匂いが漂い、意識を深く心地よい眠りに誘う。雲の隙間から漏れる鈍色の光が、君のまつ毛に小さな雫を宿らせている。何かを言いかけて飲み込んだ君の横顔を、私はただ、濡れた風の中に眺めていた。言葉にできない想いが、水底に沈む石のように、静かに積み重なっていく。
視界いっぱいに広がるのは、雨を待つ山々の深い緑。空の色が少しずつ灰色に溶け込んでいく様子を眺めていた。辺りには、どこからか百合の花の香りが漂っていて、それが湿った土の匂いと混ざり合い、肺の奥まで満たしていく。隣にいる君の呼吸が、静かに、けれど確かに聞こえていた。私たちは、あえて多くを語らなかった。言葉にすれば、この絶妙な均衡が崩れてしまいそうで、怖かったのかもしれない。けれど、その怖さは拒絶ではなく、大切にしたいという願いに近いものだと感じた。君の肩が私の肩に、ほんの数ミリだけ触れた瞬間、世界から音が消えた気がした。ただ、遠くで雷鳴が低く唸っている。その振動が足裏から伝わってきて、私たちは同時に、自分たちが今、この静かな山の中に深く潜り込んでいることを意識した。木々の隙間から差し込む光は、まるで水中にいるかのように柔らかく、私たちの輪郭を曖昧にしていた。冷たい風が頬を撫で、心地よい緊張感が肌を粟立たせる。
静寂を塗り替えた、たった一つの記憶
そんな静寂を不意に切り裂いたのは、飼育されているオウムの、あまりにも騒々しい叫び声だった。あまりの音量に、私たちは同時に肩を跳ねさせ、それから同時に顔を見合わせて、ふっと吹き出した。それまでの緊張感が、その一瞬の騒音によって、あっけなく解けていく。笑い合うことで、ようやく私たちは同じ周波数に辿り着いたのかもしれない。オーナーさんが一つひとつの煉瓦を積み上げるように丁寧に作り上げたというこの場所の、どこか懐かしい木の質感や、庭に点在する花々の色彩が、急に鮮やかに見え始めた。水辺のプールに反射する光がキラキラと踊り、バーベキューの準備をする人々の賑やかな笑い声が遠くで心地よく響いている。カラオケの歌声がかすかに風に乗って届き、この場所が持つ、飾らない温もりに包まれていく。完璧な旅なんてなくていい。ただ、こうして不意に訪れる笑い声と、それを共有できる相手がいること。その事実だけで、この場所に来てよかったと思えた。私たちは、もう一度ゆっくりと歩き出した。今度は、少しだけ肩を寄せ合って。
雨が降り始めたけれど、二人で分かち合う傘の中は、ちょうどいい温度だった。
- 地元の山で採れたしいたけをたっぷり使い、夜の静寂の中でバーベキューを楽しむこと
- 早朝の澄んだ空気に包まれながら、まだ誰もいない森の小道をゆっくりと散歩すること