11月の風が、指先を少しだけ冷たくさせる。地図を広げた友人が、それを逆さまに持っていることに気づいたのは5分後のことだった。台中香城大飯店に到着して、まず私たちを待っていたのが機械式駐車場の洗礼。冷たい金属のゲートがガチャンと閉まる音を聞きながら、誰が先に降りるかで揉める、いつもの不器用なチーム作戦。結局、荷物を誰が持つかでまた言い争ったけれど、それが私たちの旅の標準装備なのだと思う。
福州意麺から立ち上る白い湯気が、眼鏡のレンズを瞬時に白く染める。肉燥の香ばしく濃厚な匂いが鼻をくすぐり、口に入れた瞬間の弾力が心地いい。「最後の一口は譲らないからな」と賭けたけれど、結果的に一つの皿を奪い合う形になった。隣の席から聞こえる賑やかな話し声と、使い込まれたテーブルのざらつき。そういう、名もない日常の音が心地よく響いていた。
「プラン通りに完璧に動こう」と豪語したリーダー格の友人が、一番先に道に迷う。「おい、ここどこだよ」という笑い混じりのツッコミを浴びせながら、私たちはわざと遠回りをすることにした。不意に迷い込んだ路地裏で、毒々しいほど鮮やかな紅い花が咲いていた。正解のルートを外れた分だけ、記憶の解像度が上がっていく感覚。迷うことは、案外悪いことではないのかもしれない。
部屋に入った瞬間、その圧倒的な広さに全員で絶句した。キングサイズのベッドが鎮座する空間は、端から端まで歩数で数えるのに3秒はかかった。誰かが「ここで100メートル走ができる」と呟き、私たちは本当にやってみた。厚いカーペットに足を取られて転びそうになりながら、大の大人が全力で走る。そんなくだらない時間が、この旅で一番贅沢な瞬間だった気がする。
13階の窓から眺める台中。雨上がりの路面に、オレンジ色の街灯が滲んで幻想的に光っている。誰とも喋らずに、ただ遠くを走る車のライトを眺めていた時間。静寂が重くなく、むしろ心地よい温度を持っていて、隣にいる友人の穏やかな呼吸の音が聞こえた。言葉にしなくていい心地よさというものが、ここにはあった。
リネンのひんやりした感触が、肌に心地よく馴染む。裸足で踏んだタイルの冷たさが外の秋の冷え込みを思い出させ、自然と深い浴槽に身を委ねたくなる。部屋の隅にあるDVDプレイヤーという、絶妙にアナログな存在感。今の時代に、あえてディスクを読み込ませるという手間を楽しむ贅沢が、台中香城大飯店での夜をゆっくりと流していく。
コンビニまで行く途中で、地元の人が教えてくれた路地裏の小さな店。メニューの文字がほとんど読めなかったけれど、出てきた料理の味が驚くほど懐かしかった。名前も知らない味を口に運ぶときの、あの小さな不安と期待。そういう不確かさこそが、旅を旅らしく彩る最高のスパイスなのだと思う。
帰り道、ふと振り返ると、街の輪郭が淡い水彩画のように柔らかく見えた。完璧な計画なんてなくていい。誰かが遅刻し、誰かが道を間違え、それでも最後には笑い合える。欠けている部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む余白が生まれる。11月の台中の空気は、そんな優しさに満ちていた気がする。
誰かの笑い声が、夜風に溶けて消えていった。
- 秋紅谷で、あえて地図を捨てて迷子になって歩いてみて。
- 福州意麺の肉燥を、思い切って多めに頼んでシェアするのが正解。