← 回到 fav HAKODATE

パジャマのままで、誰かが笑っていた

パジャマのままで、誰かが笑っていた

指先に触れる、壁のアートの少しざらついた質感。子供がその鮮やかな色を好奇心いっぱいに指でなぞると、まるで水彩絵具が濡れた紙にじわじわと滲んでいくみたいに、部屋の空気がゆっくりと色づいていく。fav HAKODATEのエグゼクティブバンクに足を踏み入れたとき、まず感じたのは、ここでは「静かにしなさい」と子供をたしなめなくていいという、不思議な解放感だった。小さな足がフローリングを叩く軽やかな音が、心地よいリズムとなって空間に溶け込んでいく。ここでは、子供の奔放ささえも、旅の彩りになるのだと感じた。


頬を刺すような、三月の鋭い夜風。ルーフトップに上がると、肺の奥まで冷たい空気が入り込み、意識が心地よく研ぎ澄まされる。けれど、ジャグジーの熱いお湯に体を沈めた瞬間、皮膚の境界線が曖昧になり、心地よい浮遊感に包まれた。冷たい外気と熱いお湯のあいだで、心の中で凝り固まっていた日常の緊張が、温かいお湯に溶け出す塩のように、ゆっくりとほどけていく。「ああ、今はただ、この温度に身を任せていたい」。隣で子供たちが上げる賑やかな水しぶきさえも、今は遠い調べのように心地よく響いていた。
トースターが跳ね上がる、乾いた音。キッチンから漂う、少し焦げたパンの香ばしい匂いと、淹れたてのコーヒーの深い香り。誰かがグラスを置く小さな音や、朝ごはんのメニューを巡る子供たちの賑やかな言い争い。それらが重なり合って、一つの心地よい生活音楽になる。広いリビングがあるから、誰かが準備をしている横で、別の誰かがぼーっと外の景色を眺めていても、お互いの距離感がちょうどいい。「次は僕が塗る!」という歓声が上がり、完璧ではないけれど、この不揃いな調和こそが、今の私たちには一番しっくりくる。
湯気が立ちのぼる、海鮮丼の濃厚な磯の香り。函館の朝市で買ってきたばかりの、まだ冷たい海の味が口の中に広がる。炊きたての白いご飯と、とろけるようなウニの甘みが混ざり合う瞬間、身体の芯からぽっと熱が灯る。ホテルのキッチンで、家族と一緒に地元の味を囲む贅沢。レストランの整ったサービスよりも、誰がどのネタを食べるかで盛り上がる、この乱雑で賑やかな食卓の方が、ずっと記憶に深く、鮮やかに刻まれる気がした。
午前六時、部屋に差し込む青白い光。まだ半分眠っている子供たちの、ゆっくりとした、深い呼吸の音。カーテンの隙間から漏れる光が、床に長い影を描き出している。その静かな影を眺めていると、旅の心地よい疲れが、雪のように静かに降り積もっていく。三月の函館はまだ冬の匂いがするけれど、この部屋の中だけは、春を待つ温かな繭の中にいるみたいだ。何もしないという贅沢が、こんなにも心を豊かにしてくれるなんて、思ってもみなかった。
プラスチック製の、小さくて丸いおもちゃの滑らかな感触。ベッドガードがしっかりと設置された、安心感のある空間。子供向けの備品がさりげなく、けれど完璧に揃っているのを見たとき、ふっと肩の力が抜けた。「ここでは、親である前に、ただの一人の旅人でいていいのかもしれない」。不便さを解消するための道具ではなく、誰かが「大丈夫だよ」と優しく肩を叩いてくれたような、そんな静かな配慮がそこにはあった。
重い羽毛布団が、身体を包み込む心地よい圧力。家族五人が同じ空間で、それぞれに深い眠りに落ちていく。誰かの穏やかな寝息が聞こえ、誰かが小さく身悶えする。バラバラだった個人の時間が、一つの大きな安らぎに溶け込んでいく。それは、まるで異なる色が混ざり合って、新しい色に変わっていく過程に似ている。明日になれば、また賑やかな騒動が始まるけれど、今この瞬間の静寂こそが、最高の贅沢だった。

窓の外では、函館の街が静かに春を待っている。

  • 子供が自由に過ごせる広いリビングで、地元の食材を使った自分たちだけの朝ごはんを作ってみて。
  • ルーフトップのジャグジーで、冷たい夜風と熱いお湯のコントラストを家族みんなで体感して。