紺青の静寂と、喧騒の残り香
湿り気を帯びた夜風が、浴衣の襟元にまとわりつく。耳の奥にはまだ、盆踊りの太鼓が刻んだ低い振動が心地よく残っていた。グランヴィリオホテル別府湾 和蔵の重いドアを開けた瞬間、冷房の鋭い冷気が、火照った頬を撫でて意識を覚醒させる。海側のお部屋から眺める夜の湾は、深い紺色に沈み込み、遠くの漁火だけが孤独に点滅していた。その静かなリズムに身を任せ、私はただ、裸足で踏みしめたフローリングのひんやりとした感触に意識を集中させていた。まるで、日常という岸辺から遠く離れた、深い海の底に潜っているような心地だった。
信じられないかもしれないけれど、私たちは花火大会に向かう前、「誰が一番早く浴衣を着崩すか」という馬鹿げた賭けをした。結果は私の圧勝。歩き始めて十分で帯は緩み、裾は見るも無惨にぐちゃぐちゃ。歩くたびに布が擦れる「ズルッ」という音が、私たちの笑い声を誘った。部屋に戻り、誰がソファベッドに寝るかで言い争ったとき、空間に充満していたのは、火薬の焦げた匂いと、お互いの汗の匂い。でも、それがたまらなく愉快で。誰かが大笑いし、その振動でカーテンがふわりと揺れた。計画通りにいかなかったことだけが、この旅の正解だったのだ。
黄金色の視覚と、笑い合う味覚
ライブキッチンの、油が激しく弾ける快活な音が心地いい。シーサイドダイニングで、目の前で揚げられた天ぷらを口に運ぶ。衣の熱さが舌を突き、その直後に海老の濃厚な甘みがゆっくりと広がった。視線を上げると、大きな窓の向こうに別府湾がどこまでも広がり、夕暮れの空がオレンジから紫へと溶け合っている。そのグラデーションは、まるで水彩絵の具を贅沢に垂らしたかのようだった。クリスタルグラスに反射する光がテーブルの上で小さく踊り、私はその光の粒を追いかけながら、深く、静かに呼吸を整えていた。
で、結局どうなったと思う?私たちはいつの間にか「誰が一番プレートに盛り付けるのが下手か」を競い始めていた。山盛りの地元の食材が崩れそうになるたびに、隣の客に迷惑じゃないかと誰かがツッコむ。けれど、その心地よい緊張感が最高のスパイスになり、料理の味がすべて、弾けるような笑い声と共に記憶に刻まれた。噛むたびに素材の濃い味が口いっぱいに広がり、お腹がいっぱいなのにまだ何か食べたいという、幸福な矛盾に襲われた。私たちは、美味しいものを共有することよりも、それをどうやって面白がるかに全力を注いでいた。
境界線が溶け合う、唯一の合意
結局、一番の贅沢だったのは、展望大浴場に身を委ねたあの瞬間だったのかもしれない。絶妙な温度のお湯に浸かると、皮膚の境界線が曖昧になり、自分が水の一部になっていく感覚に陥る。別府湾を見下ろす露天風呂で、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。ただ、お湯がかすかに跳ねる音と、遠くで鳴る虫の声だけが夜気に溶けていた。湯上がりに無料サービスのアイスを頬張ったとき、頭の芯まで凍りつく感覚に、全員で同時に「くぅーっ」と声を上げた。あの瞬間だけは、正しさなんてどうでもよかった。ただ同じ温度の風に吹かれている。それだけで十分だった。
濡れた髪を乾かしながら、窓の外に広がる夜の海を眺めていた。明日にはまた、日常という名の少し窮屈な服に着替えなければならない。
- 迷わず「海側のお部屋」を予約して。朝、目覚めた瞬間に飛び込んでくる青い世界は、何物にも代えがたい。
- 湯上がりドリンクの生ビールは最高のタイミングで。温泉の熱が引く直前に飲む一杯が、旅の記憶を完成させる。