← 戻る Grand Mercure Beppu Bay Resort & Spa

パジャマのままで見た、青い海の色

パジャマのままで見た、青い海の色

喧騒を脱ぎ捨て、家族という「チーム」に戻れるのはなぜか?

ホテルのロビーに足を踏み入れたとき、最初に耳に飛び込んできたのは、キャリーケースの車輪が滑らかに床を叩く乾いた音だった。10月の大分は、空気の中にほんの少しだけ潮の香りと、どこか懐かしい硫黄の匂いが混ざり合っている。チェックインを待つ間、下の子が私のコートの裾をぎゅっと握りしめる手の温度を感じて、ああ、私たちは今、日常という名の慌ただしい場所から少しだけ離れたのだという気がした。グランドメルキュール別府ベイリゾート&スパの空間には、大人が思う以上に心地よい「余白」がある。それは単に物理的に広いということではなく、子供たちが無邪気に走り回っても、あるいは誰かが不意に声を上げても、その音が優しく吸収されていくような、懐の深い静けさを備えている。家族で旅をするということは、ある種の「チーム作戦」のようなものかもしれない。誰かが機嫌を損ねれば作戦は急遽変更され、物語は予想外の方向へと転がる。けれど、この場所を包む穏やかな空気感は、そんな不器用な旅の歩幅さえも、すべて肯定してくれるように感じられた。

子供たちの瞳に映った、一番の「宝物」は何だったのか。

ファミリースーペリアルームのドアを開けた瞬間、裸足で踏んだカーペットの弾力のある感触が心地よかった。シングルベッドが2台並んだ空間で、上の子が「ここ、僕の陣地!」と宣言して跳ね回る。そのとき、部屋の隅で小さく反響する笑い声が、まるで心地よいリズムのように聞こえてきた。窓の外には、10月の柔らかな光を反射して、淡い青に染まった別府湾が広がっている。朝7時、まだコーヒーを一口も飲んでいない状態で、パジャマのままその景色を眺めていると、時間がゆっくりと溶けていくような感覚になる。そして、子供たちが最も心を奪われたのは、屋外プールの水面に反射する光だった。冷たい外気と、水の中に潜ったときの耳を塞ぐような独特の静寂。彼らが夢中になっていたのは、豪華な設備ではなく、水面に浮かぶ小さな気泡や、自分の指先が水の中でどう見えるかという、ささやかな発見だった。さらに、館内の至る所に潜むハローキティのモチーフ。大人の私には単なるデザインに見えるが、子供たちにとっては、このホテルという未知の迷宮を案内してくれる「秘密の合図」のように映っていたのだろう。ピンク色の柔らかな質感に触れ、小さな手でそれをなぞる彼らの表情には、大人が忘れてしまった純粋な驚きが宿っていた。老二が忽然「お魚さんになれた!」と叫んで潜ったとき、水しぶきが私の頬に冷たくかかった。その瞬間、私たちはただの「旅人」ではなく、一緒に冒険をする最高の仲間になっていた。水から上がって身に纏ったタオルの、ずっしりと重く温かい感触が、冷えた肌をゆっくりと溶かしていく。そんな、皮膚で覚えている記憶こそが、旅の本当の正体なのだろう。

旅路の果てに、心に深く刻まれる景色とは。

温泉の濃密な湯気に包まれているとき、世界には私たち家族しかいないような錯覚に陥る。お湯の温度がちょうどよく、肌にまとわりつくようなシルクのような柔らかい感触。隣で、上の子が「お湯がぷくぷくしてる!」と不思議そうに指を動かしている。その小さな手の動きを眺めていると、ふと、日常で急かされていた記憶が、お湯に溶けて消えていくのがわかった。温泉から上がり、廊下を歩くときに聞こえる、濡れた足跡がペタペタと鳴る音。それはとても不格好で、けれど最高に愛おしい音だった。誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが言い争う。そんな「兵荒馬乱」な旅の断片が、後になって、一番鮮やかな思い出になる。私たちは、完璧な休日を探していたのではなく、ただ一緒に、不完全な時間を過ごしたかっただけなのかもしれない。チェックアウトのとき、子供がロビーのソファに忘れていきそうになった小さなぬいぐるみを、スタッフの方が優しく拾い上げてくれた。その手の動きの丁寧さに、この場所で過ごした時間の心地よさが凝縮されていた気がする。

玄関に置いた、少しだけ砂のついた靴と、乾ききらないタオルの匂い。

  • ハローキティのアイテムを身につけて、子供と一緒に「冒険家」になった気分で館内を探索するのがおすすめ。
  • 温泉上がりに、冷たい地元の飲み物を家族でシェアして、ぼーっと海を眺める時間を大切にしてみて。