外のぬるい空気を切り裂くように、ロビーに足を踏み入れた瞬間に肌を撫でた冷気が心地よかった。誰かが「今回の旅、絶対誰か忘れ物する」と不吉な賭けをしていたけれど、結果的に全員が充電器を忘れるという、最高に効率的な失敗を犯していた。チェックインを待つ間、大理石の床に刻まれるスーツケースの乾いたリズムだけが、私たちの期待感を心地よく煽っていた。
地元で出会ったとり天の、あの耳に心地よいサクッとした音。口の中で弾ける熱い油の温度と、少し濃いめの醤油の香りが鼻腔を抜けていく。誰が一番多く食べたかで子供のように言い争いながら、口の周りにタレをつけたまま笑い合う。そんな、どうでもいい時間が、実は一番贅沢な旅のスパイスなのだと思う。
グランドメルキュール別府ベイリゾート&スパの和室に入った瞬間、私たちは絶句した。畳の上に整然と並んだ8枚の布団。その圧倒的な「数」に、「誰が端っこに寝るか」という不毛で真剣な議論が15分ほど続いた。「端っここそが特等席だ」という主張と「真ん中の方が安心する」という反論。結局、ジャンケンで決まったけれど、狭い空間で肩が触れ合う距離感に、なんだか懐かしい安心感を覚えた。
ハローキティのテーマルームという選択肢。大人の私たちが、視界のすべてがピンク色に染まった空間に囲まれている状況は、客観的に見ればかなりシュールだ。でも、その気恥ずかしさが、いつしか心地よい解放感に変わっていた。「見てよ、この状況。完全に幼児退行してるよね」と誰かが自虐的に笑い、それに合わせて全員でくだらないポーズで写真を撮り合う。正解なんてないけれど、ここには私たちの笑い声だけが濃密に充満していた。
朝6時、バルコニーに出た。海の色が白っぽく濁っていて、空との境界線が曖昧な、世界がまだ目覚めきっていない不思議な時間帯。冷たい海風が頬を叩き、肺の奥まで潮の香りが入り込む。しばらく誰も喋らなかった。沈黙が重いのではなく、ただ心地よくそこにあるだけ。そんな静けさを共有できる相手がいることは、案外、人生で一番幸せなことかもしれない。
温泉に浸かったとき、肌にまとわりつく濃密な湿り気と、かすかな硫黄の匂いが鼻をくすぐった。お湯の温度がちょうどよく、凝り固まった体の芯からゆっくりと力が抜けていく。隣で誰かが「あー、生き返る」と、わざとらしいほど大きな声を出す。その単純で純粋な快感に、私たちはただ身を委ねていた。
ハーモニーランドへ向かう道すがら、桜の花びらが、誰かがわざと撒いたみたいに舞っていた。春の柔らかな風が、私たちの歩幅に心地よいリズムを作る。予定していたスケジュールは半分もこなせていなかったけれど、それでも「これでいい」と思えたのは、隣にいる彼らが、同じように適当に笑っていたからだ。完璧な計画よりも、不完全な時間の方がずっと記憶に残る。
帰り道、車の中を包んでいたのは、心地よい疲労感と、少しだけ寂しい静寂。でも、それは失われることへの悲しみではなく、十分な量を満たした後の充足感に近い。グランドメルキュール別府ベイリゾート&スパで過ごした時間は、きっとこれからも、ふとした瞬間に、あのピンク色の部屋で響いた笑い声と共に、鮮やかに思い出されるだろう。
指先に残る、春の風の冷たさと、誰かの体温。
- とり天は、ぜひ地元の店で、一番熱いうちに食べてみて。本当の意味で「サクッ」とするから。
- 8枚の布団が並ぶ部屋で、あえて誰が端に寝るか揉めてみて。それが旅の最高のスパイスになるから。