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指先に残った、お湯のぬくもりと誰かの手のひら

指先に残った、お湯のぬくもりと誰かの手のひら

別府駅に降り立った瞬間、肺の奥まで入り込んできたのは、鼻をかすかに突く硫黄の香りと、冬の鋭い空気だった。子供たちの吐く息が白く混ざり合い、小さな手をつないで歩く十一分ほどの道のり。冷たい風が頬を叩くたびに、誰かが「寒いね」と小さく呟く。そのたびに、繋いだ手のひらに込められる圧力が少しだけ強くなる。その心地よい圧迫感こそが、日常を脱ぎ捨てて旅が始まった合図だったのかもしれない。

なぜ、この静謐な空間に家族で身を置くべきなのか?

MURE Beppuの扉を開けた瞬間、鼻腔をくすぐったのは、長い年月を吸い込んできた古材の、乾いた土のような、どこか懐かしい木の香りだった。ロビーに足を踏み入れると、外の喧騒がふっと遠のき、代わりに古い木々が深く呼吸しているような静けさが降りてくる。けれど、そこにあるのは人を緊張させる静寂ではなく、分厚いウールのコートに包まれたときのような、絶対的な安心感に近い静けさだ。

案内された「スタンダード和モダン 紅葉-MOMIJI-」の客室に入ると、まず目に飛び込んできたのは、丁寧に編まれた畳の縁の質感と、琥珀色に柔らかく光を落とす照明だった。子供たちは、大人が「落ち着いた空間だね」なんて感心している間に、もう畳の上を転がっている。壁まで歩いていくのに数歩かかるそのゆとりある距離感が、不思議と心を解きほぐしてくれた。誰かが何かをこぼしても、誰かが大声で笑っても、この古材の壁がすべてを優しく吸収してくれる。完璧な静寂よりも、こうした「許される騒がしさ」がある空間こそが、家族にとっての真の贅沢なのだと感じた。

子供たちが夢中で追いかけた、黄金色の魔法とは?

「見て!お湯が金色だよ!」と、下の子が弾んだ声を上げたのは、屋上貸切露天風呂でのことだった。黄金色に輝く湯面に、冬の低い太陽が反射して、まるで巨大な宝石の中に浸かっているような錯覚に陥る。源泉掛け流しの湯に体を沈めると、肌にまとわりつくような滑らかな感触があった。それは、誰かにそっと抱きしめられているときのような、密やかで深い温度。冷え切った指先がゆっくりとほどけていく感覚に、心まで溶け出していくようだった。

湯上がりに向かった足湯カフェでは、もちもちとしたお団子を頬張る。甘いタレの香ばしい香りと、温かいお茶から立ち上る白い湯気が、冬の心地よい疲労感を優しく包み込んでくれる。ふと見ると、お風呂に入りすぎた子供たちが、自分の指先を見て大騒ぎしていた。「見て、指がしわしわ!梅干しみたい!」と笑い合う彼らの頬は、湯上がりの上気した赤みで、とても幸せそうだった。そんな些細な発見に、大人が本気で笑い合える時間。それは、予定表に書き込まれた観光地を効率よく巡るよりも、ずっと価値のある、かけがえのない記憶になるはずだ。

旅の終わり、心に深く灯り続けるものは何か?

夜、子供たちが深い眠りに落ちた後、部屋に一人で残り、布団の心地よい重みに身を委ねていた。足の先からゆっくりと上がってくる、心地よい疲労感。旅の間、私たちは何度も些細なことで言い合いをしたし、予定通りにいかないことに苛立った。けれど、この部屋の温もりの中で振り返ると、それらすべてが、家族という複雑なパズルの欠かせないピースだったことに気づかされる。

静寂の中で目を閉じると、耳の奥で子供たちの笑い声が、かすかな残響のように心地よく響いていた。明日にはまた日常の慌ただしさに戻るけれど、指先に残ったお湯のぬくもりと、誰かの手のひらの感触だけは、しばらく消えないだろう。私たちは、何かを解決しに来たのではなく、ただ一緒に心地よい温度に浸かりに来ただけだったのだ。そのシンプルな充足感が、胸の奥に小さな灯火のように残っていた。

湯けむりの向こう側で、子供が小さく、穏やかな寝息を立てている。

  • 足湯カフェで提供されるお団子は、ぜひ温かいお茶と一緒に。子供たちが夢中になる優しい甘さです。
  • 屋上貸切露天風呂は、夕暮れ時に。別府の街に灯りがともり始める瞬間が、一番贅沢な時間になります。