7月のねっとりした湿気が、指先にまとわりつく。浴衣の帯を締めようとして、「これ、どうやって結ぶんだっけ」と誰かが呟いた瞬間、私たちの完璧な計画は心地よく崩れ去った。結局、誰一人として正解に辿り着けず、緩みきった帯をそのままにして、私たちは道端で笑い転げた。不恰好な姿こそが、この旅の正しい始まりだったのだ。
口の中でとろける、甘いお団子の柔らかな質感。足湯カフェで、じんわりと足を温めながらそれを頬張る。足先から伝わる熱が、ゆっくりと体の中へ浸透し、強張っていた心まで解かしていく。誰かが「このお団子、反則的に美味しい」と小さく漏らした。私たちは言葉を止めて、ただ白い湯気と濃厚な甘さに身を任せた。そういう静かな時間が、実は一番の贅沢なのかもしれない。
別府駅からホテルまで、歩いて11分。この絶妙な距離について、私たちは道中で盛大に議論を戦わせた。7月の陽炎がゆらゆらと揺れるなか、「誰が一番先に音を上げるか」で賭けをしたけれど、結果は全員敗北。結局、みんなで文句を言い合いながら、気づけばMURE Beppuの入り口に立っていた。不満を共有することで、不思議と連帯感が強まる。私たちにとっての旅は、そういうものだ。
「え、このお湯、本当に金色なの?」と誰かが声を上げた。黄金色に輝く湯船を前にして、私たちはしばらくの間、自分たちが何かの神秘的な儀式にでも参加している気分だった。誰かが「これで金運が上がるなら、次回の旅費は全部お前の奢りでいいな」と冗談を飛ばす。そんなくだらない会話が、お湯の表面に小さな波紋を描いては消えていった。
屋上の貸切露天風呂。夜の冷たい空気が火照った肌に触れるとき、自分と世界の境界線が曖昧になる。熱いお湯と、少しだけ冷たい夜風。その狭間で、私たちは普段なら絶対に言わないような、少しだけ恥ずかしい本音を零した。表面張力でギリギリに保たれていた遠慮が、温泉の熱でゆっくりと溶け出していく。心地よい温度は、人を素直にさせるらしい。
ロビーに足を踏み入れたとき、鼻をくすぐったのは深く落ち着いた古い木の香りだった。長い年月を経て角が丸くなった古材の質感。裸足で踏んだ床の温度が、心地よく足裏に馴染む。スタンダード和モダン 紅葉-MOMIJI-の客室へ向かう廊下ですら、モダンな空間の中に懐かしさが同居していた。ここでは、急いでどこかへ行こうとする気持ちさえ、ゆっくりと凪いでいく。
七夕の短冊が、夜風に揺れてカサカサと乾いた音を立てている。誰が書いたのか、少しだけ切ない願い事が綴られていた。私たちは自分たちの願いを書き込むとき、あえて「美味しいものがたくさん食べられますように」と、最低限の欲求だけを記した。そんな小さな欲張りさが、今の私たちにはちょうどいい。
お風呂から上がった後の、肌が吸い付くようなしっとり感。指先で触れる自分の肌が、自分のものではないみたいに滑らかで、少しだけ不思議な気持ちになった。もともと持っていたはずの緊張感が、湯けむりに溶けて消えた後の、心地よい空虚さ。私たちはそのまま、深い眠りの海へと落ちていった。
夜空に溶けていく、白い湯けむりのしっぽ。
- 足湯カフェでのお団子は、迷わず注文してほしい。あの甘さが旅の疲れを溶かしてくれる。
- 屋上の貸切露天風呂は、ぜひ夜に。別府の街の灯りと夜風が、最高の調味料になる。