← 戻る レックスホテル 別府

暗闇の中で、子供の寝息だけが等間隔に響いていた

ベランダの柵を握る小さな手が、汗でじっとりと湿っていた。目の前に広がる別府湾の白い波しぶきを、上の子は「ひとつ、ふたつ、みっつ!」と一生懸命に数えようとしていたけれど、すぐに飽きて、隣にいた下の子の肩をいたずらっぽく突き飛ばした。「もう、やめてよ!」という小さな叫びが、潮風にさらわれて消えていく。八月の空気は濃く、肌にまとわりつくような湿り気を帯びていた。けれど、その不快感さえも、後から振り返れば「あの夏」という記憶の輪郭を形作るための大切な材料だったのかもしれない。レックスホテル 別府のバルコニーから眺める海は、どこまでも深く青く、私たちのちっぽけな言い争いさえも、静かに飲み込んでいった。


裸足で踏みしめた琉球畳の感触は、驚くほどひんやりとしていた。外の熱気に当てられて火照った足裏から、ゆっくりと体温が引いていく。い草の清々しい香りが鼻腔を抜け、ささくれ立っていた心まで凪いでいくのがわかった。ロイヤルルームの広々とした空間は、大人が測る数字としての面積ではなく、子供たちが全力で転がっても壁にぶつからない、自由な距離感としてそこに存在していた。それは、固く閉じていた種が、ようやく十分な土壌を見つけて殻を破る瞬間の、あの静かな解放感に似ていた。誰にも邪魔されない、私たち家族だけの呼吸が、そこにはあった。
インフィニティ露天風呂に身を委ねると、水面と水平線が溶け合い、どこまでが湯でどこからが海なのか、その境界が曖昧になる。子供たちが歓声を上げて水しぶきを上げているけれど、その騒がしさの底には、一定の周波数で鳴り続ける心地よい水の音が流れていた。耳を澄ませば、遠くで誰かが笑う声や、風が海面を優しく撫でる音が聞こえてくる。「お父さん、海と繋がってるみたい!」という子供の声に、ふっと肩の力が抜けた。思考がほどけて、ただ「ここにいてもいい」という全肯定の感覚だけが、お湯の温度と一緒にじわじわと芯まで浸透してくる。答えを出す必要のない、贅沢な空白の時間だった。
朝食のテーブルに並んだ、大分ならではの料理たち。特に、ふっくらと焼かれたうなぎの甘辛い香りが、食欲を心地よく刺激する。下の子が、わざと口の端にタレをつけていたずらっぽく笑い、上の子がそれを呆れた顔で見つめていた。淹れたてのドリップコーヒーの深い苦味が、口の中に残った甘さを静かに洗い流していく。子供たちがトーストの端っこを海に「お供え」しようとして、慌てて止めた瞬間。そんな、旅の計画表には決して書き込まれない、どうでもいいけれど愛おしい断片だけが、記憶の底に深く、強く根を張っていく。
午後六時。部屋の中が、濃い琥珀色に染まっていく。窓から差し込む西日が、壁に映った子供たちの影を長く、不格好に伸ばしていた。その影は、まるで壁を伝ってゆっくりと伸びていく蔦のように、部屋の隅々まで広がっていく。私たちはただ、その光の移ろいを静かに眺めていた。特別な会話なんてなかったけれど、同じ色の光を浴びているというだけで、不思議と心が凪いでいく。光と影の境界線が曖昧になり、夜の帳が降りる頃、私たちはようやく、旅に伴う心地よい緊張を完全に手放すことができた。
床に脱ぎ捨てられた、小さくてくしゃくしゃの浴衣。お祭りに向かう前、着付けに手間取って、みんなで言い合いになった時の名残だ。生地の少しざらついた質感と、ホテルのリネンの清潔な石鹸のような匂い。その不格好な布の塊を見たとき、ふっと笑いが漏れた。完璧に整った旅よりも、こういう「綻び」がある方が、ずっと人間らしくていい。そのしわの一つ一つに、私たちの格闘と、小さな喜びが刻まれているように見えた。正解のない旅の形が、そこにあった。
花火大会から戻り、部屋に深い静寂が戻った。セミダブルのベッドに、大の字になって眠る子供たち。彼らの寝息が、等間隔に、心地よいリズムで響いている。その音を聞きながら、私たちは隣り合って、窓の外の暗い海を眺めていた。旅の疲れが心地よい重みとなって体にのしかかる。足りないものばかりに目を向けるのではなく、今ここにある、この不完全な静けさを愛おしいと感じる。それは、長い時間をかけてゆっくりと育った、名前のない感情のようなものだった。

暗闇に溶け込む波の音だけが、ずっと続いていた。

  • 子供と一緒に、バルコニーから波の数を数える静かな時間を過ごしてほしい
  • 琉球畳のひんやりとした感触を、ぜひ裸足でゆっくりと感じてみて