← 戻る くったり温泉レイク・イン

湯気の中で、小さな手が僕の指を握っていた

湯気の中で、小さな手が僕の指を握っていた

巨大な迷宮へと踏み出す、小さな冒険者の足取り

「ここ、お城みたい!」と、上の子が弾んだ声を上げた瞬間、玄関の外でしんしんと降り積もっていた雪が、重たい音を立てて足元から崩れた。氷点下の十勝の風にさらされ、感覚を失っていた頬に、ロビーのぬるい空気が触れたとき、皮膚がじわじわと目覚めていく心地よい刺激がある。鼻腔をくすぐるのは、どこか懐かしい畳と古い木材が混ざり合った、静謐な和の香りだ。上の子は、自分のサイズよりずっと大きな浴衣の袖をひらひらとさせながら、まるで未知の領土を征服するかのように、廊下の突き当たりまで全力で走っていった。一方の下の子は、僕の指をぎゅっと握りしめたまま、足元の絨毯に刻まれた複雑な模様を、宝探しでもするようにじっと見つめている。子どもたちにとって、この空間は僕たちが定義する「リゾートホテル」などではなく、未知のルールで動いている巨大な遊び場なのだろう。チェックインの手続きをしている間も、彼らの鋭い耳は僕たちが聞き流してしまう微細な音を拾っていた。遠くで鳴る電話のベル、誰かが歩くスリッパの擦れる乾いた音。そんな些細なノイズさえも、彼らにとっては冒険の始まりを告げるファンファーレのように聞こえているのかもしれない。

白い羽の舞と、廊下の果てに眠る秘密

翌朝、世界がまだ白い霧に包まれ、空気が冷たく濁っている時間帯に、家族でくったり湖のほとりまで歩いた。一歩踏み出すたびに、雪がギュッ、ギュッという、心まで浄化されるような懐かしいリズムを刻む。肺の奥まで届く凍てつくような空気は、意識を鮮明にさせ、日常の雑音をすべて消し去ってくれた。下の子が忽然立ち止まり、「あ!白い鳥さんが踊ってる!」と歓喜の声を上げて指差した。湖面に浮かぶ白鳥たちが、ゆっくりと円を描いて泳いでいる。その動きがあまりに静かで、見ているだけで自分の呼吸までもが湖の波紋のように穏やかになっていく気がした。子どもたちは、白鳥の真似をして腕を羽のように大きく動かし、真っ白な雪原の上に不格好で愛らしい足跡をたくさん残していく。彼らにとっての旅とは、有名な観光地を効率よく巡ることではなく、雪の中に隠れた小さな石を見つけたり、ホテルの廊下で「どっちが先に角まで行けるか」を競ったりすることなのだろう。あるとき、上の子が浴衣の裾をずりながら、廊下のカーブで派手に転んだ。一瞬、泣き出すかと思ったが、彼は自分の転び方が滑稽だったのか、そのまま床に寝転がって声を上げて笑い出した。その屈託のない笑い声が、静まり返ったホテルの中に心地よい波紋のように広がっていく。そんな、計画にはなかった「乱雑な時間」こそが、後になって一番鮮やかに、そして温かく思い出される宝物になるのだと思う。

星降る夜の静寂に、自分を調律する

子どもたちが深い眠りに落ち、部屋に本当の静寂が訪れる。時計の針が刻む規則正しい音だけが、部屋の輪郭をはっきりと描き出していく。僕は一人で、湯宿くったり温泉レイク・インの温泉へと向かった。お湯に体を沈めた瞬間、日々の緊張で凝り固まっていた肩の筋肉が、ゆっくりと、けれど確実にほどけていくのがわかった。温度は絶妙だ。熱すぎず、冷たすぎず、ただただ心地よい重みが全身を包み込む。湯気に包まれながら露天風呂から見上げると、夜空には都会では決して出会えない、刺すような鋭い光を放つ星たちが、日高山脈の稜線に沿って散らばっていた。冷たい夜風が頬を撫でるが、体は芯まで温まっている。この極端な温度の差が、自分が今ここに生きているという実感を、静かに、けれど力強く教えてくれる。部屋に戻り、冷えた指先で温かいお茶を啜る。子どもたちが脱ぎ散らかした靴下や、床に転がったおもちゃ。それらが、今はなんだか愛おしい風景に見えた。完璧なスケジュールをこなす旅よりも、誰かのわがままに付き合い、予想外の出来事に振り回される旅の方が、ずっと人間らしく、豊かなのだ。孤独は寂しいものではなく、自分を修復するための必要な時間なのだと、この静寂の中で気づかされる。布団に入ると、綿の柔らかい感触が肌に馴染み、心地よい疲労感が意識をゆっくりと塗りつぶしていく。明日の朝、またあの子たちが「お腹すいた!」と騒ぎ出すまで、この贅沢な静かな時間を、大切に抱きしめていたいと思った。

窓の外では、しんしんと雪が降り積もる音が、夜の静寂に溶けていく。

  • 湖畔の散歩のあと、ロビーで温かい飲み物を飲みながら、子どもが見つけた「不思議なもの」について語り合う時間を持つこと。
  • 温泉に浸かりながら、子どもと一緒に「どっちがお湯の温度を正確に当てられるか」という小さなゲームで盛り上がること。