← 戻る プレミアホテル キャビンプレジデント函館

午前2時のコンビニ袋と、ほどけた沈黙

午前2時のコンビニ袋と、ほどけた沈黙

誰が「お腹空いた」なんて言ったっけ

4月の函館の風は、まだ濡れたタオルのように冷たく、しつこく肌にまとわりついてくる。桜の開花予想を信じて早まった旅だったのかもしれない。期待していた満開の景色ではなく、まだ固い蕾を抱えた枝先と、時折混じる冷たい雨が、私たちの期待を静かに削り取っていった。結局、私たちは予定していた花見スポットを半分も回ることなく、JR函館駅から徒歩1分という絶妙な距離にあるプレミアホテル キャビンプレジデント函館へと逃げ帰った。

けれど、ロビーを抜けて部屋に戻る直前、誰かがふと「何か食べない?」と呟いた。その一言が、凍えていた私たちの心を解く合図だった。私たちは競い合うように近くのコンビニに走り、地元の珍しいスナックや、見たこともないパッケージの北海道限定スイーツ、そして喉を焼くような強炭酸水を大量に買い込んだ。ビニール袋が歩くたびにガサガサと乾いた音を立てる。その不格好な音が、静まり返った夜の街に心地よく響いていた。豪華なホテルに泊まっているのに、手にあるのは100円前後の安っぽいお菓子。その矛盾が、今の私たちにはちょうどいい贅沢に感じられた。

咀嚼音に紛れ込ませた、夜の独白

「ねえ、今回の旅の計画、誰が立てたんだっけ。結果的に、一番時間を潰したのは移動中の車内だったよね」

誰かがくすくすと笑いながら言い出した。私たちはシモンズ製ベッドの端に腰掛け、買ってきたばかりの地元のお菓子を広げた。真っ白なシーツの上に、派手な色のパッケージが散らばっている。本来なら、ここは静かに休息するための場所なのだろうけれど、今の私たちにとっては、ただの「作戦会議室」に過ぎない。

「いいじゃん。あの、道を間違えて辿り着いた名もなき路地裏。あそこ、実は結構いい雰囲気だったし」

「いい雰囲気っていうか、ただ迷っただけだよね。普通に考えたら誇張しすぎ。でも、まあ、そういうのもアリか」

ポテトチップスを齧る乾いた音が、静まり返った部屋の中に小さく反響する。普段の生活なら、きっと「効率」や「正解」ばかりを探して、こんな風に無駄な時間を笑い飛ばすことはなかっただろう。でも、ここではいい。誰かが誰かをからかい、それにまた誰かが乗っかる。そんな、中身のない会話のループ。それが、凍った土を突き破って芽を出す小さな若葉のように、私たちの間にあった、なんとなくの緊張感をゆっくりと解きほぐしていく。私たちは、完璧な旅をすることに疲れていたのかもしれない。正解のルートを辿るよりも、迷い込んだ先で「最悪だね」と笑い合えることの方が、ずっと贅沢な体験であることに、この深夜の部屋でようやく気づいた。

「っていうか、この枕、めちゃくちゃ心地よくない? 頭を沈めた瞬間、全部どうでもよくなった気がする」

「わかる。もう明日、朝市に行くの無理じゃない? ずっとここで寝てたい」

そう言いながらも、私たちは結局、誰が一番に起きられるかという、どうでもいい賭けを始めた。

満たされた胃袋と、心地よい空白

お菓子が尽き、炭酸水の泡が消える頃、部屋にはアロマディフューザーの淡い香りと、心地よい疲労感を伴う静寂が訪れた。一人がドライヤーを使い始め、温かい風の音が部屋を満たす。その規則的な音は、まるで心地よいBGMのように、私たちの意識をゆっくりと深い場所へといざなう。

私たちは、PREMIER HOTEL CABIN PRESIDENT HAKODATEのふかふかのベッドに、それぞれ深く沈み込んだ。天井を見上げると、外の闇が窓の隙間から忍び込んでいる。昼間の喧騒や、計画通りにいかなかったもどかしさは、もうどこにもない。ただ、隣に誰かがいるという確信と、共有した「失敗」という名の思い出だけが、心地よい重みを持ってそこにあった。

それは、冬の厳しい寒さに耐え、土の中でじっと機会を待っていた種が、ある瞬間にパチンと殻を割る感覚に似ている。形式的な「旅行」という殻を破って、ようやく現れた、飾らない私たちの関係。豪華な設備や完璧な景色よりも、深夜に食べた安っぽいお菓子の味と、くだらない言い争いの方が、ずっと鮮明に記憶に刻まれている。不完全であることは、決して欠落ではない。むしろ、その隙間があるからこそ、誰かが入り込む余地が生まれる。そんな気がして、私はゆっくりと目を閉じた。

窓の外で、夜の函館が静かに、深く呼吸していた。

  • 函館朝市で買った、少し塩気の強い地元のいかチップス。深夜の炭酸水に意外と合う。
  • コンビニで売っている北海道限定の濃厚なミルクプリン。ベッドの上でこっそり食べる背徳感がいい。