11月の函館駅。吐き出す息が白すぎて、目の前の友人が霧に消えそうだった。駅からの15分、誰が一番先に凍りつくかという不毛な賭けをしたが、結局は全員まとめてガタガタと震え、肩を寄せ合って歩いた。ラビスタ函館ベイの重厚な扉を開けた瞬間、ベルのような温かい空気が肌にまとわりつき、張り詰めていた肩の力がふっと緩む。大理石の床を転がるキャリーケースの乾いた音が、静かなロビーに心地よく響き渡っていた。
朝食ビュッフェの海鮮丼。盛り付けにこだわりすぎて、器から溢れんばかりの海の宝石を積み上げた友人の真剣な横顔。一口食べた瞬間、世界に静寂が訪れ、「あ、これ正解だわ」という短い呟きだけが漏れた。炊きたての米から立ち上がる真っ白な湯気と、醤油の香ばしさが鼻腔をくすぐる。まだ半分眠っている目をしたまま、贅沢な味に身を任せる時間は、旅における最高の朝の儀式だった。
「夜景、今から行く?」という提案に、「無理、もう一歩も動けない」と返すまでわずか3秒。結局、誰が一番に立ち上がるかという不毛な争いの末、一番文句を言っていた奴が真っ先に靴を履いていた。その矛盾した行動に、私たちは顔を見合わせて吹き出す。そういう不器用なところが、私たちのチームらしいなと、冬の夜に心地よい可笑しさが広がった。
大正ロマンが漂う内装に、誰かが「タイムスリップしすぎじゃないか」と笑う。クラシカルな廊下を、わざと大正時代の貴族のような大げさな足取りで歩き、旅先特有の根拠のないハイテンションを共有する。大人になって忘れていた、あのくだらない遊びへの回帰。絨毯の深い色合いが、私たちの笑い声を優しく吸い込んでいた。
窓の外に広がるベイエリア。11月の冷たい海の色が、ゆっくりと夜の深い群青色に溶けていく。言葉にしなくていい静寂が、心地よい重さを持ってそこにあった。ただ隣に誰かがいて、同じ景色を眺めているという事実だけで、胸の奥が満たされる。冬の海のような、静かで深い充足感だった。
13階の露天風呂。42度の熱い湯に身を沈めると、冷気で凝り固まった身体が、温かい水に溶け出す塩のようにゆっくりとほどけていく。足元のタイルのひんやりとした感触と、頬を刺す夜風の鋭いコントラスト。視界の端に見える函館の夜景が、立ち上る湯気でぼやけて、まるで誰かの遠い記憶の中の景色のように幻想的に揺れていた。
赤レンガ倉庫まで歩く途中で、誰かが派手に足を滑らせた。それを見た瞬間、全員が笑い転げ、結果的にみんなで雪の上に転がる。冬の函館の澄んだ空気は、こういうくだらないことで笑い合える心の隙間をくれるのかもしれない。濡れた靴下で歩く不快感さえ、後になれば最高の笑い話になる。そう確信させてくれる、温かな連帯感があった。
部屋に戻ってベッドにダイブした時の、シーツのパリッとした冷たさと清潔なリネンの香り。外は氷点下に近い世界だが、ここでは誰の呼吸も穏やかで、心地よい温度に包まれている。完璧な計画なんてなくていい。ただ、この心地よい疲労感と、隣で静かな寝息を立てる友人の気配があれば、それだけで十分だった。
窓の結露に、誰かが指で小さくハートを描いた。
- 朝食の海鮮丼は、迷わず全部盛りにして。後悔は絶対にしないから。
- 13階の露天風呂から見る夜景は、言葉を捨ててただ眺めるのが正解。