← 戻る ラビスタ函館ベイANNEX

厚い絨毯に吸い込まれる、小さな足音

氷点下の風と、賑やかな不協和音の始まり

指先がじんわりと痺れるような、3月の函館の空気。駅からの道のり、潮風に混じってまだ消えきらない冬の鋭い匂いが鼻腔を突き、身を切るような冷たさがコートの隙間から忍び込む。ガタガタと鳴るスーツケースの車輪が、凍てついたアスファルトを叩く乾いた音がリズムを刻む。それに加えて、上の子が「あっちに何かある!」と興奮して駆け出す足音と、下の子が私のコートの裾をぎゅっと掴む小さな手の、切ないほどの温もり。家族で旅をするということは、常に誰かのリズムに合わせながら、同時に誰かの気まぐれな脱線に付き合うということなのかもしれない。

ラビスタ函館ベイANNEXの重厚な扉を開けた瞬間、外の冷気が嘘のように消え、ふわりと木の香りと共に温かな空気が肌を包み込んだ。ロビーに漂うのは、洗練された静寂と、どこか懐かしい旅情。和洋折衷様式という言葉では片付けられない、正しく古いものが持つ不思議な新しさがそこにはあった。チェックインを待つ間、子どもたちがロビーの端から端まで小さなステップで移動する。その音が、高い天井に反射して心地よいリバーブとなって返ってくる。整然とした空間に、家族という名の賑やかな不協和音が混ざり合う。けれど、それが不思議と不快ではなく、むしろこの場所の静けさを際立たせているように感じられた。

55平方メートルの迷宮と、湯気に溶ける時間

案内されたフォースルームに入ったとき、まず感じたのは圧倒的な「距離」の余裕だった。55平方メートルという広さは、単なる数字ではなく、家族が互いにぶつからずに呼吸できる物理的な安らぎとして現れる。厚みのある絨毯に足を踏み出すと、足首まで深く包み込まれるような感覚があり、まるで深い森の苔の上に立っているかのようだった。上の子は、わざと絨毯の上に大の字になって転がり、「ここ、雲の上みたいだ!」とはしゃいでいる。彼は、クラシックな家具の脚に施された繊細な彫刻を「秘密の迷路だ」と言って、小さな指先でその複雑な曲線になぞっていた。大人が「上質な空間」と呼ぶ浪漫的な意匠も、子どもにとっては未知の探検ルートになるらしい。

そのまま、ホテル自慢の天然温泉へ。脱衣所のタイルのひんやりとした温度から、湯船に浸かった瞬間の、ずしりと体にのしかかるお湯の心地よい重みへ。温度がちょうどよく、芯まで冷え切っていた身体がゆっくりと解けていく。子どもたちは、お湯の中で潜る真似をして、水面からぷはっと顔を出す。そのたびに、浴室の壁に水滴が弾ける高い音が響き、心地よいリズムを刻んでいた。外はまだ3月の厳しい寒さで、窓の外には冬の名残があるけれど、白い湯気に包まれている間だけは、季節の境界線が曖昧になる。下の子が「お湯が、お布団みたいに暖かいね」と小さく呟いた。その言葉に、あぁ、この子は今、この温度を絶対的な安心として受け取っているのだと感じ、私の胸のあたりまでふんわりと軽くなった気がした。

静寂という名の贅沢、夜景に溶ける輪郭

子どもたちが深い眠りに落ち、部屋に本当の静寂が訪れる。それは単なる「音がない状態」ではなく、しっとりとした質量を持った、ある種の贅沢な静けさだった。ベッドの隣にあるサイドテーブルに置いたグラスの中で、氷が小さくカチリと鳴る。その音が、部屋の隅々まで丁寧に届いては、ゆっくりと夜の闇に消えていく。一人で窓辺に立ち、函館の夜景を眺める。街の灯りが、まるで誰かが丁寧に並べた宝石のように点在し、港町の静かな呼吸が聞こえてきそうだった。けれど、私はその輝きよりも、窓ガラスに触れたときの指先の冷たさの方に意識がいった。その冷たさが、今ここにいる温もりをより鮮明に教えてくれる。

バスルームの照明を落とし、薄暗がりの中でゆっくりと時間を過ごす。大人の時間というのは、何もしなくていい時間のことではなく、自分の内側にある小さな音に耳を澄ませる時間のことなのかもしれない。家族の賑やかさが心地よいリバーブのように記憶に残っているけれど、今はただ、この静寂という名の贅沢に身を委ねたい。ふと、隣で寝息を立てている子どもたちの規則正しいリズムが聞こえてきた。その音を聞いていると、自分という個人の輪郭が、家族という大きなうねりの中に心地よく溶け込んでいく感覚があった。完璧な旅なんてないけれど、この不揃いなリズムこそが、私たちが共有している唯一の真実なのだと思う。港に錨を下ろした船のように、心の中のざわつきが静かに凪いでいった。

潮風の記憶を抱いて、春の予感へ

チェックアウトの朝。朝食の席で、函館ならではの新鮮な海鮮丼を目の前にしたとき、その色彩の鮮やかさに、不意に春が近いことを思い出した。口の中で弾けるイクラの濃厚な塩気と、炊きたての米の優しい甘み。子どもたちは、慣れない箸使いで格闘しながらも、「美味しい!」と声を上げていた。その屈託のない声が、ホテルのダイニングに明るい周波数を書き加えていく。

ロビーを出て、再び3月の冷たい風に当たったとき、子どもたちが「もう一度、あのふかふかの絨毯の上で寝たい」と言って、私の手を強く握った。私も、本当はまだここに留まりたいと思っていた。ラビスタ函館ベイANNEXで過ごした時間は、何かを解決してくれたわけではないけれど、バラバラだった家族の歩幅が、少しだけ揃ったような気がする。私たちは、またいつか、この不揃いなリズムを響かせにここへ戻ってくるだろう。駅へ向かう道すがら、空の色がほんの少しだけ、冬の灰色から春の淡い青へと変わっていたことに気づいた。

  • 3月の函館は冷え込みます。温泉上がりに子どもたちが冷えないよう、厚手のパジャマや羽織るものを多めに準備することをおすすめします。
  • フォースルームの広さを活かし、あえて予定を詰めない時間を。絨毯の上で一緒に転がっているだけで、子どもから意外な本音がこぼれるかもしれません。