← 戻る ラビスタ富良野ヒルズ

湯気と山のあいだにある距離

湯気と山のあいだにある距離

午後3時、貨物列車の金属音が冬の空気に溶けるころ

富良野駅に降り立った瞬間、肺の奥まで刺さるような冷たい空気に、ふたりで同時に小さく肩をすくめた。駅からラビスタ富良野ヒルズまで歩くわずか3分の道のり。アスファルトの上に薄く残った雪が、歩くたびにキュッ、キュッという乾いた音を立てる。その不規則なリズムが、今の私たちの関係に似ていると思った。心地よいけれど、どこか緊張感があって、どちらが先に歩幅を合わせるか、静かに探り合っているような、そんなもどかしさ。

ホテルの目の前には貨物駅があり、巨大なコンテナが静かに、けれど確かな重量感を持って並んでいた。ガチャン、という金属同士がぶつかる重い音が遠くで響く。その無機質な音が、かえって周囲の静寂を際立たせていて、不思議と心が凪いでいく。私たちはどちらからともなく、そのコンテナの列を眺めていた。目的地へ向かう荷物たちが、一時的にここで呼吸を整えている。私たちもまた、日常という名の重い荷物をここに置いて、ただの「ふたり」に戻るための時間を待っていたのかもしれない。

チェックインして部屋に入ると、ハリウッドツインのベッドが、柔らかい白に包まれて待っていた。リネンのひんやりとした、けれど清潔な感触が肌に触れたとき、ようやく肩の力が抜けた。窓の外には、まだ冬の色を脱ぎ捨てない街並みが広がっていたけれど、部屋の中の灯りは琥珀色に温かい。この温度の差こそが、旅の正体なのだろう。ふたりで狭い空間にいるときの、あのもどかしくて、でも安心する独特の密度。私たちはまだ、お互いのことを完璧に知っているわけではない。けれど、その空白があるからこそ、隣にいる温もりが愛おしいのだと感じた。

午前6時、紺色の空が白く塗り替えられる瞬間

最上階にある「紫雲の湯」へ向かうエレベーターの中で、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。ただ、隣り合う肩から伝わる微かな熱だけが、今の私たちにとって一番信頼できる情報だった。露天風呂に足を踏み入れた瞬間、氷点下の空気が頬を鋭く撫でる。けれど、すぐに身体を包み込んだお湯の熱さが、皮膚の境界線を曖昧にしていく。熱い湯と冷たい空気。その激しいコントラストのあいだで、凝り固まった思考がゆっくりと溶け出していく感覚があった。

目の前には十勝岳が、深い紺色のシルエットとなって鎮座している。刻一刻と空の色が変わり、深い青から淡い紫へ、そして眩い白へと塗り替えられていく。その静かなグラデーションを眺めながら、私たちはただ、お互いの呼吸の音を聞いていた。言葉にする必要なんてない。ただ同じ景色を見て、同じ温度に身を委ねている。それだけで、十分な会話になっている気がした。ふと、あなたが「水がちょうどいい」と小さく呟いた。その声が白い湯気に混じって消えていくけれど、私の胸のあたりには、確かな温かさが灯った。

朝食バイキングに向かう頃には、身体の芯まで温まり、心地よい倦怠感に包まれていた。北海道の土が育てた野菜の、濃い味がする。特に、炊きたての白いごはんから立ち上がる甘い湯気と、地元の食材を使った料理の香りが、空腹を心地よく刺激する。私たちは、お互いが選んだ料理を眺めながら、とりとめもない話を始めた。春分の日が近づいていることや、桜の開花予想がどこまで進んでいるかということ。正解のない会話を繰り返しながら、ゆっくりと時間を消費していく。そんな贅沢が、ここにはあった。ふと、あなたが私の皿に、小さく笑いながらおかわりを勧めてくれた。その何気ない仕草に、不意に救われたような気持ちになった。

濡れた髪を乾かしながら、鏡の中で目が合って、ふたりで小さく笑った。