← 戻る ラ・ジェント・ステイ函館駅前

濡れた浴衣の匂いと、小さな手のひら

濡れた浴衣の匂いと、小さな手のひら

記憶の断片を紡ぐ、旅の五つの音

1. 畳のい草の香りがふわりと漂う部屋に響く、小さな足の「パタパタ」という音。次男が浴衣の裾を何度も踏みながら、弾むように走り回っていた。それは、大人が引いた「静かにしなさい」という境界線を、好奇心という名の根っこがゆっくりと押し上げて、コンクリートを割っていくような生命力に満ちた音に聞こえた。不格好に長い袖を振り回して笑う彼を見て、完璧な旅程なんて最初から必要なかったのだと、心地よい諦めと共に気づかされる。

2. 「本当にここにあるの?」という、少しだけ不安げで、けれど期待に満ちた長女の声。JR函館駅を出てすぐ、ラ・ジェント・ステイ函館駅前へと向かう道すがら、彼女は空を仰ぐ大きなシンボルツリーに目を奪われていた。冬の澄んだ空気が頬を刺す中、目的地に辿り着いた安堵感よりも、未知なる空間への憧れが彼女の声を少しだけ高くさせていた。その震えるようなトーンが、新しい世界へ飛び込むときの心地よい緊張感を、私の心にも伝えてくる。

3. 天然温泉の湯船で、お湯が跳ねる「チャプチャプ」という不規則なリズム。湯気に包まれ、しっとりとした湿度と柔らかな温もりが肌にまとわりつく。「お湯はどこから来るの?」という純粋な問いかけに、私たちは答えられず、ただ顔を見合わせて笑った。普段は張り詰めている肩の力が、ゆっくりとほどけていく感覚。それは、冬の間ずっと地中で眠っていた種が、春の水分を吸って静かにふくらむ瞬間に似ている。答えが出ない問いのままでいい、と思える贅沢な時間がそこにはあった。

4. 映画が始まる直前の、プロジェクターが発するかすかな「ブーン」という低音。プレミアムファミリー・シアタールーム<銀花>の心地よい暗闇の中で、家族四人が寄り添い、大きな画面を見つめる。誰の呼吸がどこにあるのかがわかるほど近い距離。計画していた観光ルートをすべて回れなかったけれど、この狭い静寂こそが、今回の旅で一番贅沢な空白であり、心地よい停滞だったと感じる。

5. 朝食レストランで、フォークが皿に触れる「チリン」という高い音。地元函館の新鮮な海の幸が放つ磯の香りと、窓から差し込む柔らかな朝光に包まれながら、次男が口の周りをソースだらけにして笑っていた。大人が「行儀よく」と口にするたびに、その音はさらに賑やかさを増していく。完璧な家族の休日なんて、どこにもない。けれど、この騒がしくて、少しだけ散らかった食卓の風景こそが、私たちが本当に求めていた「心地よさ」の正体だった。

窓の外に広がる函館の夜景が、眠った子供たちの睫毛に静かに降り積もっている。

  • 朝食の地元の海鮮料理は、ぜひお子様と一緒に。意外な味に挑戦して顔をしかめる瞬間の愛おしさを味わって。
  • 駅から徒歩1分という近さを活かし、あえて予定を詰め込まず、駅前の空気をゆっくり吸い込む時間を作ってみて。