頬を撫でる冷気が、薄いガラスのように鋭く、けれどどこか心地よい。旭川駅北口からホテルまで、徒歩13分。大人にはわずかな距離だが、小さな足で一歩ずつ踏みしめる子供たちにとっては、それはもう一つの大冒険だった。下の子がふいに、「ねえ、ペンギンさんは寒くないの?」と、白い息を吐きながら聞いてきた。正解なんて持っていない私は、「きっと、お腹の毛が魔法みたいに暖かいんだよ」と、適当な、けれど優しい嘘をついた。右手にずっしりと重いスーツケース、左手には全力で逃げ回る上の子の小さな手。目的地であるOMO7旭川 by 星野リゾートが見えたとき、私たちのチームワークはすでに崩壊していたけれど、不思議と心は軽やかだった。
サウナの中で、じりじりと肌を焼くような熱気に包まれる。ひのきの香りが混じった蒸気が、肺の隅々まで満たしていく。水風呂に飛び込んだ瞬間、心臓が激しく跳ね上がり、思考が真っ白な静寂に塗りつぶされた。あぁ、今、私はただの「個」に戻っている。誰の親でもなく、誰の社員でもない、ただの呼吸する生き物として。外に出ると、氷のような空気が肺の奥まで入り込み、身体の輪郭がくっきりと浮かび上がる。脱衣所で待っていた子供たちが、私の濡れた髪を見て「お化けみたい!」と大笑いした。その無邪気な笑い声が、心地よい残響となって耳の奥に溶けていく。そういう空白の時間が、今の私には何よりも必要だった。
ロビーの「OMOベース」に漂う、低く心地よい喧騒。誰かが低く笑い、誰かが地図を広げ、子供たちが小さな足でふかふかのカーペットを叩くリズム。それはまるで、うまく調律されていないけれど、温かみのあるオーケストラのようで、安心する周波数だった。上の子が、スタッフの方に教わった「ご近所マップ」を誇らしげに広げている。小さな指でなぞった場所が、明日、私たちの物語になる場所だ。期待と不安が心地よく混ざり合った、あの独特の空気感。旅の正体は、目的地にたどり着くことではなく、こういう不確実な予感の中に、家族でどっぷりと浸ることにあるのかもしれない。
立ち上る湯気が眼鏡を白く染め、視界がふわりと遮られる。旭川ラーメンの、あの濃い醤油の香りが、冬の冷え切った鼻腔を優しくくすぐった。レンゲですくった黄金色のスープは、喉を通るたびに身体の芯まで熱を届けてくれる。下の子が、麺を啜るたびに「ふーふー」と大きな音を立てていて、隣の席の人がふっと微笑んでいた。豪華なディナーよりも、こういう、ちょっとした騒がしさと共に味わう温かさの方が、記憶に深く、鮮やかに刻まれる。味覚というものは、その時の温度や、隣に誰がいたかという記憶と一緒に保存されるものだから。
午後4時。街にぽつぽつと灯りがともり始める。買物公園を歩いていると、オレンジ色の光が、濡れたアスファルトの上に長く、切なく伸びていた。冬に向かう11月の光は、どこか寂しげで、けれど同時に、家へ帰りたいと思わせる懐かしさを孕んでいる。子供たちの小さな影が、私の影と重なり、また離れる。その繰り返しを眺めているうちに、胸のあたりがじんわりと熱くなった。特別な出来事は何も起きなかったけれど、ただ一緒に歩いているという事実が、何よりも贅沢な贈り物に感じられた。光の粒子が、冷たい空気の中でゆっくりと舞い踊っているように見えた。
ペンギンルームに足を踏み入れた瞬間、その遊び心あふれる空間に心が解けた。ベッドに飛び込むと、身体が深く沈み込み、まるで大きな白い雲に抱かれたような感覚になる。上の子が、部屋の中にあるペンギンの装飾を見つけて、「本物だ!」と叫んでぎゅっと抱きついている。その様子を眺めながら、私はふと、自分の靴下の片方を失くしたことに気づいた。どこへ行ったのか。たぶん、さっきまでの大騒動のどこかに置き忘れてきたのだろう。でも、それを探しに行くよりも、今のこの、ぐちゃぐちゃで温かい空間に、ただ身を任せていたいと思った。
深夜3時。部屋の中は完全な静寂に包まれている。隣で規則正しく、小さく、深い呼吸を繰り返す子供たちの音だけが、心地よいメトロノームのように響く。昼間のあの激しい残響が、ゆっくりと、丁寧に減衰していき、最後には純粋な静けさだけが残った。ベッドからトイレまで、裸足で歩くとタイルのひんやりとした温度が足裏に伝わる。その冷たさが、かえって布団の中の、ぬくもりに満ちた聖域を際立たせてくれた。私たちは、それぞれバラバラなリズムで生きているけれど、こうして同じ場所で眠っているときだけは、一つの美しい和音になれるのかもしれない。
子供たちが、私の指をぎゅっと握ったまま、深い眠りに落ちている。
- 子供と一緒に「ご近所マップ」を片手に、あえて目的地を決めずに街を迷走してみるのがおすすめ。
- サウナ後の外気浴で、冷たい旭川の空気を深く吸い込み、心身をリセットする贅沢を味わってほしい。