← 戻る 甲斐リゾートホテル

濡れた木の匂いと、小さな靴の音

荷物と笑い声が混ざり合う、不器用な始まり

車のドアを開けた瞬間、4月の少し冷たい空気が肺の奥まで入り込んできた。金属製のドアハンドルが指先にひんやりと触れる。石和温泉駅からの短いドライブの間、後部座席では上の子が窓の外を指差し、下の子がそれに被せて何かを叫んでいた。そんな喧騒をそのままに、甲斐リゾートホテルのエントランスに足を踏み入れる。チェックインの手続きを待つ間、子供たちはじっとできずにロビーの絨毯の上を小走りし、そのたびに小さく、弾むような足音が響く。大人は重いスーツケースのハンドルを握りしめ、少しだけ疲れた顔をしていたけれど、どこか心地よい緊張感があった。それは、硬い殻に包まれていた種が、土の中で不意にパキリと音を立てて割れる瞬間に似ているのかもしれない。予定通りにいかないこと、誰かが何かを忘れたこと、そんな小さな混乱さえも、この旅という物語を始めるための必要な儀式のように感じられた。ロビーに漂う、かすかなお香と清潔なリネンの匂い。それが、私たちをゆっくりと、この場所のリズムに同期させてくれたという気がする。


膝丈の視点で見つける、名もなき宝物

庭に出ると、そこには空を高く押し上げるようなログハウスが立っていた。指先で触れた木の壁は、ざらりとしていて、深い森の呼吸がそのまま固まったような温度を持っている。大人の歩幅では通り過ぎてしまうような小さな隙間に、子供たちは吸い寄せられていった。下の子が「見て!」と叫んで指差したのは、コンクリートの裂け目から顔を出した、名もなき小さな若草だった。土の湿った匂いと、春の風が運んでくるどこか甘い香り。彼らにとって、この庭は単なる設備ではなく、未知の惑星のような探索地なのだろう。ある時、下の子が原木ベンチを「巨人のテーブル」だと思い込み、その上に登って大冒険を始めたけれど、バランスを崩してコロリと転げ落ちた。本人が一番驚いた顔をして、それから忽然、声を上げて笑い出した。その笑い声が、静かな庭の空気に波紋のように広がっていく。それは、殻を破った種から、細いけれど力強い芽が地上に突き抜けた瞬間の、あの静かな歓喜に似ていた。計画していた観光地を回ることよりも、こうして足元の小さな世界に没頭する時間の方が、ずっと贅沢なものに思えた。指先に付いた土の黒い汚れさえも、この旅の勲章のように見えたのは、きっとこの場所の空気が優しかったからだろう。


湯煙の向こう側で、自分を取り戻す時間

子供たちが深い眠りに落ち、部屋の中がしんと静まり返った頃、ようやく大人の時間が訪れる。和洋室の広い空間に、規則正しい寝息だけが低く流れている。ベッドから洗面所まで、裸足で歩くとタイルの冷たさが足裏から伝わり、心地よく意識を覚醒させてくれる。源泉かけ流しの湯に身を沈めると、熱いお湯が肌を包み込み、一日中張り詰めていた肩の力が、ゆっくりと、本当にゆっくりと解けていく。湯船の中でふと目を閉じると、耳に届くのは遠くで鳴る風の音と、自分の鼓動だけ。それは、地上に伸びた芽が、今度は深く、深く地中へと根を張っていくような、静かな沈潜の時間だった。風呂上がり、窓辺に腰を下ろして外を眺める。夜の帳が下りた山梨の景色は、深い紺色に染まっていた。遠くに富士山のシルエットが、かすかに、けれど確かにそこに在る。その圧倒的な静寂に触れていると、日中の騒がしさが、実はとても愛おしいものだったことに気づかされる。冷たい水で喉を潤し、柔らかいパジャマの感触に身を任せる。孤独ではないけれど、一人であること。家族というチームの一員でありながら、個としての自分に戻る瞬間。この静かな空白があるからこそ、また明日の朝、あの賑やかな笑い声に向き合えるのだと思う。


記憶の根を張り、また日常へ戻る日まで

翌朝、7時の光が部屋に差し込む。白く濁った朝の空気の中で、バイキングの会場から漂ってくる出汁の香りと、焼きたてのパンの匂いが食欲を静かに刺激する。地元の果物の瑞々しい甘さが口いっぱいに広がったとき、子供たちの目は、昨日の冒険をもう一度繰り返したいという期待でキラキラと輝いていた。チェックアウトの時、下の子が「まだ帰りたくない」と、ホテルの柱に小さくしがみついた。その小さな手の温もりを感じながら、私はこの旅が、単なる休暇以上のものだったと感じた。私たちはここに、ただ泊まったのではない。不器用な家族の時間が、この場所の静けさと混ざり合い、新しい形に整えられたのだ。車に乗り込み、バックミラーで遠ざかる甲斐リゾートホテルの姿を見る。心の中には、あの小さな若草のような、ささやかだけれど確かな成長の記憶が根を張っているという気がする。日常に戻れば、また慌ただしい日々が始まるけれど、ふとした瞬間に、濡れた木の匂いや、子供たちの弾む足音が思い出されるはずだ。それは、いつでも自分たちを温めてくれる、小さな心の避難所になるだろう。


  • 桔梗屋工場まで歩いて5分ほど。お菓子の詰め放題に挑戦して、子供たちと一緒に「どれだけ入るか」という真剣な作戦会議を楽しむのがおすすめです。
  • 朝食バイキングでは、山梨ならではの旬のフルーツをぜひ。朝の光の中で食べる果物の瑞々しさは、心まで洗われるような心地よさがあります。