← 戻る 甲斐リゾートホテル

畳の上をずるずると引きずる、浴衣の袖の音

家族という不協和音が、心地よい旋律に変わる理由は?

指先に触れる畳の少しざらついた感触と、雨上がりの湿った草の匂いが、旅の始まりを告げていた。チェックインを済ませ、案内された和洋室に足を踏み入れた瞬間、上の子が「広い!」と歓声を上げて走り出し、下の子がそれに続いて転びそうになる。そんな、いつもの我が家の喧騒が、甲斐リゾートホテル / Kai Resort Hotel の静謐な空間に放り込まれたとき、不思議なことが起きた。子供たちの笑い声が、高い天井に跳ね返り、心地よいリバーブのように空間を塗り替えていく。私たちは静寂を求めて旅に出るけれど、実際には「誰かと一緒に騒げる安心感」を探しているのかもしれない。開放的な吹き抜けのレストランから差し込む柔らかな光や、ゆるやかに広がる庭園の湿り気を帯びた風は、家族という不協和音を、ひとつの調和した音楽に変えてくれる装置のようだ。完璧に整った静けさよりも、誰かの足音が聞こえ、遠くで子供が笑っている。そんな適度なノイズがある場所でこそ、「あぁ、いま自分はここにいていいんだ」と、深く、深く息をつけるのだ。

子供の瞳を輝かせた、最高の「宝探し」とは?

「お菓子のお城に行きたい!」と下の子が騒ぎ出した。ホテルから歩いて5分ほどの場所にある桔梗屋工場へ向かう道、7月の強い日差しがアスファルトを白く光らせ、陽炎がゆらゆらと揺れている。大人が「時間を効率的に使おう」と時計を気にする傍らで、子供の時間は、そんな効率とは無縁のところで濃密に流れていた。道端で見つけた名もなき小さな花に足を止め、蟻の行列をじっと観察する。その小さな背中を眺めながら、「旅の目的とは目的地に辿り着くことではなく、一緒に迷子になることだったのかもしれない」と、ふと心の中で呟いた。工場に到着し、信玄餅ができる工程を目の当たりにしたとき、下の子の目は見たこともないほど輝いていた。規格外のお菓子が並ぶコーナーで、どれにしようか悩み抜いた末に選んだのは、一番形が歪んでいたものだった。「これが一番かっこいいから!」と胸を張るその横顔に、人生における正解なんてどこにもないのだと教えられた気がする。口の周りを白くして笑う子供を連れ帰る道すがら、計画書には書いていない小さな脱線こそが、旅の記憶に最も鮮やかな色を添えてくれる。それは、予定調和な旅では決して得られない、不意に訪れる喜びの周波数だった。

旅立ちのとき、心に深く刻まれているものは?

湯気に包まれ視界が白くぼやけ、源泉かけ流しの重厚な温もりが、心地よい重さで肌にまとわりつく。窓の外に広がる南アルプスの深い緑と、遠くに佇む山々の稜線を眺めていると、昼間の騒がしさがゆっくりと遠い記憶へと溶けていく。子供たちが湯船でバシャバシャと水を跳ね上げ、親同士が「もう、静かにしなさい」と笑いながらたしなめる。そんなありふれた光景が、このお湯の温度と静寂に溶け込んで、まるで特別な儀式のように感じられた。浴衣に着替えた後、下の子が帯をうまく結べず、結局安全ピンで止めることになった。少しだけ不格好な姿で、畳の上をずるずると袖を引きずって歩くその音。その音が、今の私にはどんな音楽よりも美しく響いた。旅が終わるとき、私たちは何を持ち帰るのだろう。立派な写真や土産品よりも、きっと、この「不格好なままで心地よかった」という感覚こそが、日常に戻った後も心の中で静かにリバーブし続けるはずだ。

浴衣の裾を乱したまま、深い眠りに落ちた子供の寝顔に、そっと指先で触れた。

  • 桔梗屋工場までは徒歩5分。お菓子詰め放題の喧騒に身を任せて、子供と一緒に「最高に歪んだ形」を探してみてください。
  • バイキングでは地元の旬のフルーツやワインを。大人は静かに味わい、子供は自由に盛り付ける、そんな緩い食卓をどうぞ。