← 戻る 定山渓万世閣ホテルミリオーネ

冷たい指先が、お湯の中でほどけていった

冷たい指先が、お湯の中でほどけていった

車の中で、上の子が「もう飽きた」と不機嫌に呟き、それに呼応するように下の子が泣き出したとき、私の心の中には粗い塩の結晶のような、ざらついた緊張感が広がっていた。家族旅行というものは、往々にしてそういうものだ。期待という名の光と、不安という名の影が混ざり合い、誰か一人の不機嫌が連鎖的に空気を冷やしていく。けれど、定山渓万世閣ホテルミリオーネに足を踏み入れた瞬間、その尖った感情が、ゆっくりと温かいお湯に溶け出していくような感覚があった。

ロビーに漂う、少し湿ったウールのコートの匂いと、かすかに香る木の温もり。外の刺すような冷気にさらされていた肌が、室内の柔らかな温度に触れて、じんわりと緩んでいく。完璧な調和なんて、最初から求めてはいなかった。ただ、この心地よい混沌を、誰と一緒に過ごしているか。それだけが、今の私にとって唯一の正解だったのだと思う。

家族の輪郭をなぞった、五つの記憶

赤いジャンパーの係員さん:視界を白く塗りつぶす雪景色の中で、鮮烈に浮かび上がる警告色のような赤。凍てつく風が頬を刺し、指先が感覚を失いかけていたとき、次男が一番にその色を見つけて「あそこに赤い人がいる!」と歓声を上げた。その幼い声が、凍りついていた家族の空気をふわりと解き、目的地に辿り着いたという安堵感が、小さな灯火のように心に灯った。

窓の結露:展望風呂付洋室の大きな窓に張り付いた、冷たく白い霧のような水滴。指先でなぞると、じわりと体温が伝わり、その隙間から定山渓の深い谷が水彩画のように滲んで見えた。正解を求めるのではなく、ただそこにある不鮮明な景色を眺めていればいい。そんな静かな諦念に似た心地よさに、最初に気づいたのは上の子だった。

濃厚な牛乳:北海道の冬を凝縮したような、どろりと重く、甘い白。朝食会場に満ちる焼きたてのパンの香りと、食器が触れ合う軽やかな金属音が、心地よいノイズとなって空間を彩っている。次男の口元に白いひげのような牛乳が付いた瞬間、私たちは同時に笑い声を上げた。その無防備な笑顔こそが、この旅の真の目的だったのかもしれない。

サイズが合わない浴衣の裾:絨毯の上を歩くたびに「シュッ、シュッ」と鳴る、控えめで心地よい摩擦音。子供用といってもまだ少し長い裾が、不器用な歩幅に合わせて揺れている。大人が決めたルールや時間ではなく、子供たちが自分のリズムで歩く音。その不揃いな調べに耳を傾けていたとき、私は急ぐ必要なんてどこにもないのだと気づかされた。

肺に刺さる冷気:プライベートサウナで火照った身体に、テラスの鋭い冬の空気が突き刺さる快感。皮膚の上で熱と冷が激しくぶつかり合い、意識が研ぎ澄まされていく。隣で「お湯がスープみたいだね」と、温泉を巨大なスープに見立てて笑う次男の天真爛漫な視点に、大人の私は救われていた。冷たい空気と温かい記憶が、皮膚の上で心地よく混ざり合っていく。

夜空にひとつだけ、静かに瞬く星が、私たちの旅の句読点だった。

  • 浴衣の裾を気にせず、子供たちの不揃いな歩幅に合わせてゆっくりと廊下を散歩すること。
  • 定山坊まんじゅう工房で、焼きたての甘い香りに身を任せ、時計を忘れて贅沢な時間を過ごすこと。