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窓の結露に描いた、不格好な丸い円

窓の結露に描いた、不格好な丸い円

喧騒と硫黄の洗礼、家族という名の不協和音

指先に触れる空気は、まだ鋭く冷たい。三月の草津は、冬が名残惜しそうに街の隅々に居座っているようだった。駅からの道を歩き、草津温泉 きむらやの玄関に辿り着いた瞬間、僕たちの感覚を真っ先にジャックしたのは、あの濃厚な硫黄の匂いだった。卵が焼けたような、あるいは地球の奥底が深く呼吸しているような、強烈で野生的な香り。長男は「くさい!」と大げさに鼻をつまんで笑い、次男はそれが面白いのか、わざと深く息を吸い込もうとして激しくむせ返っていた。その光景に、旅が始まったのだという心地よい緊張感が走る。

チェックインの手続きの間、ロビーの木の床に響き渡る子供たちの足音は、静寂を切り裂くパーカッションのようだった。大人はつい「静かにしなさい」と口にしたくなるけれど、その不協和音こそが、僕たちが今ここにいるという一番確かな証明であるように感じられた。重いスーツケースを運ぶ肩に食い込むストラップの硬い感触と、それとは対照的に、フロントで出された温かいお茶が喉を通る瞬間の、緩やかで優しい温度。混乱と心地よさが同時に押し寄せてくる。それこそが家族旅行という名の、正しい始まり方なのかもしれない。

湯煙のプリズムに溶け込む、名もなき宝探し

外に出ると、目の前には湯畑が広がっていた。立ち上る真っ白な湯煙が、冬の淡い光を乱反射させている。それはまるで、巨大なプリズムが空に掲げられているみたいだった。光が水蒸気に当たって、白から薄い黄色へ、そしてどこか切ない青へと分かれていく。その幻想的な光学現象に目を奪われていると、次男がふと「パパ、お湯が踊ってるよ」と呟いた。彼には、激しく沸き立つ温泉がダンスを踊っているように見えたらしい。大人は「湧出量が多いからだ」なんて理屈で説明をしようとするけれど、そんな正解よりも、彼の純粋な視点の方がずっと真実に近い気がした。

草津温泉 きむらやから歩いてすぐの白旗源泉まで足を伸ばしたとき、道端にひっそりと咲き始めた早咲きの花を見つけた。桜の開花予想を気にする大人を横目に、子供たちは泥だらけの靴で、名もなき小さな草花をじっと観察していた。また、旅館の壁に使われている浅間石のゴツゴツとした冷たい手触りに、子供たちが不思議そうに指を這わせている。予定していた観光スポットを効率よく回るよりも、道端の石ころの形に時間を費やすこと。効率を捨てた瞬間に、旅の景色は鮮やかな色彩を取り戻す。光が屈折して虹を作るように、僕たちの予定が狂えば狂うほど、予想もしなかった喜びが鮮やかな色で現れた。道端で買った温かいお饅頭の、指先にじわりと伝わる熱さと、口いっぱいに広がる甘いあんこの濃厚な味。その単純な快楽が、何よりも贅沢な時間に感じられた。

畳の香りと静寂、親という鎧を脱ぐ時間

夜、子供たちが泥のように眠りについた後の部屋は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。畳のい草の清々しい香りと、かすかに漂う温泉の匂いが混ざり合い、部屋の隅々にまで心地よい重みが溜まっている。僕は窓際に座り、外の深い闇を見つめていた。窓ガラスには白い結露がつき、そこに次男が描いた不格好な丸い円が残っている。その円の向こう側には、街の灯りがぼんやりと滲み、まるで水彩画のように溶け合っていた。

浴室から戻ってきたばかりの妻と、二人でぬるくなったほうじ茶を啜る。お湯の温度がちょうど良く、凝り固まっていた肩の力が、ゆっくりと、本当にゆっくりと抜けていくのがわかった。「疲れたね」という言葉さえ、ここでは贅沢な響きを持つ。子供たちが起きている間、僕たちは「親」という役割の鎧を纏って演じているけれど、この静寂の中では、ただのひとりの人間に戻れる。壁に当たって跳ね返る時計の針の規則正しい音、遠くで聞こえる冬の風の唸り。音がないのではなく、静寂という名の音が部屋を満たしている。欠けている時間があるからこそ、今この瞬間の充足感が形を持って心に沈殿していく。そんな気がした。

ほどけない帯と、心に灯した温かな記憶

チェックアウトの朝、子供たちは不思議なことに、あんなに騒いでいたのが嘘のように静かだった。次男は自分の浴衣の帯がうまく結べず、もごもごと格闘していた。その不器用な指先の動きを見ていると、このまま時間が止まってしまえばいいのに、という贅沢な錯覚に陥る。草津温泉 きむらやのスタッフさんが、優しい手つきでその帯を結び直してくれたとき、子供の顔に小さな安心感が広がった。

駅へ向かう道すがら、長男が「また来年も、お湯が踊ってるか見に来たい」と言った。その言葉に、僕たちは同時に小さく笑った。完璧なスケジュールをこなした旅ではなかったし、喧嘩もしたし、荷物は増えすぎた。けれど、僕たちが持ち帰るのは、ガイドブックに載っている名所ではなく、窓に描いた不格好な円や、硫黄の匂いにむせ返った記憶、そして、家族という不器用なチームで過ごした時間なのだと思う。冷たい風が頬を打つけれど、心の中には、温泉の熱がまだ静かに残っていた。

  • 湯畑周辺を歩くときは、あえて地図を閉じ、子供が足を止めた「名もなき場所」に付き合ってみること。そこに一番の思い出が隠れている。
  • お風呂上がりには、あえてぬるめの飲み物を。急がず、ゆっくりと体温が下がる過程を楽しむ時間が、大人の心に一番深く染み渡る。