← 戻る ホテルエピナール那須

小さな肩に、一枚だけ花びらが止まった

シャトルバスのドアが開いた瞬間、肺の奥まで入り込んできたのは、しっとりと湿り気を帯びた14度の空気だった。それは春の訪れを告げる柔らかな風というよりは、冬が名残惜しそうに指先をかすめていくような、少しだけ鋭い温度。隣では次男が「桜はどこ?」とせっつく。その早口な声が、静かな高原の空気に心地よく弾けた。私たちは、計画していた「優雅で完璧な家族旅行」という幻想を、チェックインを待つロビーの賑わいの中で、静かに手放した気がする。けれど、それでいい。旅というものは、予定通りに進まない空白の時間にこそ、本当の記憶が深く宿るものだから。

なぜ、この場所を家族の目的地に選んだのか

おそらく、誰にも遠慮せずに「親であること」を、ありのままに許されたかったのだと思う。ホテルエピナール那須のベビー&キッズルームに足を踏み入れたとき、まず肌で感じたのは、足裏に伝わるカーペットの圧倒的な厚みだった。子どもたちがどれほど激しく走り回っても、その足音は柔らかく吸収されていく。その感覚は、まるで空間全体が親たちの緊張感をそっと受け止めてくれる、巨大なクッションに包まれているかのようだった。「静かにしなさい」という言葉が喉まで出かかっても、ここではその騒がしささえが、家族の絆を確かめ合う心地よいBGMに変わる。低い位置に設置されたベッドに、子どもたちが歓声を上げてダイブする。シーツが擦れるカサカサという乾いた音と、弾けるような笑い声。私たちは完璧な親である必要はなく、ただ一緒にここにいればいい。そう気づいたとき、肩の力がふっと抜け、隣にいるパートナーと視線を合わせて小さく笑い合った。

子どもたちが一番心を奪われたのは、どの瞬間だったか

それは、室内温水プールの青い水面に、外の冷たい空気と室内のぬくもりが交差した瞬間だった。水着に着替えるまでのバタバタとした混乱を経て、ようやく飛び込んだ水の中は、まるで液体に変わったサファイアのように深く、澄んでいた。塩素のツンとした匂いと、子どもたちの歓声が混ざり合い、高い天井に反響している。長男が必死に泳ごうともがくたびに、激しい水しぶきが上がった。その飛沫が照明を反射して、まるで小さなダイヤモンドの粒が宙に舞っているように見えた。プールから上がったとき、濡れた肌に触れるひんやりとした空気。その鮮やかな温度差に、子どもたちは「寒い!」と叫びながらも、すぐに大きなタオルにくるまって、満足そうに目を細めていた。彼らにとってのハイライトは、豪華な設備ではなく、水の中で自由に体を動かし、温度の境界線を越えていったという身体的な快感だったのだろう。ふと見ると、次男がプールサイドで自分の足の指をじっと見つめて、「お魚みたいだね」と呟いていた。大人なら見過ごしてしまうそんな小さな発見こそが、彼らにとっては世界で一番重要な出来事なのだ。

旅が終わったあと、心に何が残っているだろうか

朝7時。まだ意識が半分眠っている状態で向かったレストラン「エルバージュ」の朝食バイキング。そこには、那須の豊かな土が育てた、色の濃い野菜たちが鮮やかに並んでいた。温かいスープを一口飲んだとき、胃のあたりからゆっくりと体温が上がっていく。地元の新鮮なミルクの、濃厚でいてどこか懐かしい甘みが舌の上に広がった。子どもたちが、普段は口にしないブロッコリーを「ここは美味しい!」と言って頬張る。その小さな変化が、なんだかとても愛おしく感じられた。窓の外では風が吹き、桜の花びらが舞う。けれど、地面に降り積もるまでには、ほんの少しだけタイムラグがある。その時間の遅れが、日常の速度で生きる私たちに、「もう少しだけ、ここにいてもいい」と囁いているように感じた。結局、私たちは何ひとつ計画通りには動けなかったけれど、それで十分だった。プレートに散らばったパン屑や、こぼれたオレンジジュースの跡。そんな乱雑な風景こそが、後になって「あのときは大変だったね」と笑い合える、一番贅沢な思い出になるのだと思う。

子どもが浴衣の帯をうまく結べず、そのままマントのように羽織って廊下を走っていた、あの誇らしげな後ろ姿。

  • 那須塩原駅からの無料シャトルバスは予約制です。早めに手配して、車窓から春の気配を先取りしてください。
  • 朝食バイキングでは地元の乳製品をぜひ。子どもたちが意外な野菜を食べる「奇跡の瞬間」に出会えるはずです。