← 戻る レックスホテル 別府

海の色で言い合いをした午後

5年後の私たちへ。あの時、白い湯気に包まれながら語り合った「どうでもいい未来」のこと、まだ覚えているかな。たぶん忘れていると思うけれど、肌にまとわりつく湿った空気と、不意に弾けた誰かの笑い声だけは、記憶の底に封じ込めておきたくて。

5年後も指先と心に刻まれている、4つの断片

琉球畳がもたらした、心地よい違和感
スーペリア和洋室に足を踏み入れた瞬間、裸足に触れた琉球畳の、しっとりとしながらも芯のある硬さに驚いた。「ここ、意外と弾力があるね」と誰かが言い、ベッドから畳のスペースまで何歩で辿り着けるか競い合った、あのくだらない時間。黄金色の西日が差し込む部屋で、指先に残ったあの独特の質感が、日常から切り離された旅の始まりを告げていた。

バルコニーのガラス戸を開けた瞬間の、鋭い潮風
11月の別府湾から吹き付ける風は、肺の奥まで洗われるほど冷たく、けれどどこか懐かしい潮の香りが混じっていた。肩を寄せ合い、「寒い!」と誰かが叫んだ直後の、心地よい静寂。海と空の境界線が淡いグレーに溶けていく景色を眺めながら、私たちは言葉を失い、ただ冬の訪れを肌で感じていた。あの冷たさは、今思い出しても背筋が伸びるような、清々しい記憶として刻まれている。

インフィニティ露天風呂で、湯気に溶けた境界線
熱い湯に身を委ね、視界が真っ白に染まるまで浸かっていた。外気は凍えるほどなのに、身体の芯はとろけるように熱い。誰が一番長く「極楽だ」と言い続けられるかという、子供のような賭けに興じたあの瞬間。「もう出られない」と誰かが呟いた声が、湯気に溶けて消えていく。ぼやけて見えた友人の笑顔が、まるで夢の中の出来事のように優しく、私たちの心を解きほぐしていった。

午前7時、静寂を切り裂くドリップコーヒーの音
まだ半分眠っている部屋に、コポコポと規則正しく落ちるお湯の音だけが響いていた。深く、香ばしいコーヒーの香りが、冷えた空気の中をゆっくりと泳ぎ、意識を覚醒させていく。誰とも喋らず、ただカップから立ち上る白い湯気を眺めていたあの静謐な時間。ふと隣を見たとき、同じように海を眺めていたあの横顔こそが、この旅で最も贅沢な余白だったのかもしれない。コーヒーの苦味が、心地よい眠気と共にゆっくりと身体に染み渡っていく。

5年後の記憶の蓋をそっと開けるとき

旅の行程や食事の詳細は、波に洗われる砂のように消えてしまうだろう。けれど、レックスホテル 別府のあの部屋で、私たちはただ「そこにいること」を許されていた。11月の霧が街を包むように、私たちの関係もまた、心地よい曖昧さに包まれていた。完璧ではないからこそ愛おしい、不器用な時間。あの空間は、私たちのありのままを包み込む、深い海のような器だったのだと思う。5年後、ふとした瞬間に潮の香りがしたとき、私たちはきっと、あの日の自分たちを思い出すはずだ。

窓の外、深い藍色の海に、街の灯りがひとつ、またひとつ溶けていく。

  • 別府駅から歩くのは、ある種の冒険。迷子になるのが嫌なら、迷わずタクシーを呼んで。5分で着く快感は格別だから。
  • バルコニーでのコーヒータイムは、あえてスマホを置いて。海の色が刻々と変わるのを眺めてみて。きっと、今まで気づかなかった青が見つかるはず。