5月の別府の空気は、しっとりと湿り気を帯びていて、肌にそっとまとわりつくような心地よさがある。JR別府駅からホテルまで歩くわずか5分の道のり。街のあちこちから天高く立ち上る白い湯気と、鼻腔をかすかにくすぐる硫黄の香りが、ここが日常の喧騒から切り離された特別な場所であることを、耳よりも先に肌に教えくれた。
家族旅行というのは、どこかうまくはまらないパズルのようなものかもしれない。誰かが疲れ果てて機嫌を損ね、誰かが予想外の方向に走り出し、大人はそれを追いかけて溜息をつく。けれど、その不揃いな隙間があるからこそ、後で振り返ったときに懐かしく思える記憶が入り込む余地が生まれる。亀の井ホテル 別府という場所は、そんな不器用な家族の時間をそのまま優しく受け入れてくれる、大きな器のような温もりを持っていた。
ロビーに足を踏み入れると、靴の底が吸い付くような独特の感触がある。子供たちの賑やかな歓声が、高い天井へと吸い込まれ、どこか遠い世界の出来事のように心地よく響いていた。チェックインを済ませ、案内されたトリプルルームの扉を開けた瞬間、広々とした空間に家族全員が同時に飛び込んだ。上の子がベッドにダイブし、下の子がソファの端で跳ね始めたことで、そこはあっという間に、誰にも邪魔されない「私たちの陣地」へと変わった。キッズコーナーで目を輝かせる子供たちの姿を見ていると、親である私たちまで、心の奥に眠っていた幼い好奇心が呼び覚まされるようだった。
夜、浴衣に着替えて廊下に出ると、そこには大人がふと子供に戻れる魔法のような空間が広がっていた。縁日コーナーの淡い灯りは、どこか懐かしく、現実の時間をゆっくりと溶かしていく。子供たちがスーパーボールすくいに没頭し、真剣な眼差しで水面を見つめる横顔。完璧なスケジュールをこなすことよりも、こういう「何でもない時間」を共有することにこそ、旅の真の価値があるのだと、静かに確信した瞬間だった。
家族で分かち合った、5つの断片
色とりどりの駄菓子: 指先に残る甘いベタつきと、プラスチックの袋がカサカサと鳴る軽やかな音。下の子が一番先に、棚の隅にある真っ赤な飴を見つけて、誇らしげに掲げたときの弾けるような笑顔。
跳ねるスーパーボール: 鼻を突くゴムの独特な匂いと、床に当たった瞬間に高く舞い上がる予測不能な軌道。上の子が眉間にしわを寄せ、水槽の中のボールを狙っていた、静まり返った集中力。
白く煙る湯気: 鼻をくすぐる濃厚な硫黄の香りと、肌にまとわりつくしっとりとした熱気。お父さんが湯気の中で「パパが消えたぞ!」と冗談を言い、子供たちが転げ回って大笑いした記憶。
家族全員が潜り込める大きなベッド: 飛び込んだ瞬間に体が深く沈み込む、圧倒的な安心感。隣に眠る家族の体温がじんわりと伝わってくる距離感。一番最後に、心地よい疲労感の中で眠りについたのは誰だっただろうか。
新緑の隙間から落ちる光: 頬をなでる5月の風の冷たさと、足元に広がる鮮やかな緑の絨毯。別府公園を散歩中、歩き疲れた子がふと足を止め、地面を這う蟻の行方をじっと眺めていた静かな時間。
パジャマに残ったかすかな硫黄の香りが、深い眠りへと誘っていく。
- 3階の駄菓子コーナーは、子供たちが駆け込む前に、大人がこっそり懐かしい味をチェックしておくのがおすすめ。
- 朝の別府公園は空気が澄んでいるので、新緑のトンネルをゆっくり歩き、五感で春の終わりを感じてほしい。